戯言スピーカー | ナノ



 


「なんっつーか、凄い映画だったな」

暗い廊下を出てすぐ、淵師と感想を言い合った。俺にとっても良かったはよかったものの、彼女ほど喜べるものではなかった気がする。
しかし淵師にとってよほど面白い映画だったのか、パンフレットやグッズを買うのにも同伴した。ほくほくとした顔で袋を握る彼女を見れたためまずは満足。

時刻は既に昼頃。ついでにランチでもどうかと彼女に誘われた。

「だな、俺も腹減ったし」
「じゃあどこ行こうかな。すぐそこのカフェとか、あっちにはバーガー店もあるよ」
「お、カフェにピンと来たぜ、俺」
「ふふ、決定」

本当は女子との初デートで、大口開けて食べなきゃならないバーガー店に行くのは駄目だと聞いたからだ。俺にもし彼女がいて、その彼女が大口開けてバーガー食べてても何とも思わないが。別れた理由が食べ方汚いとか嫌だって絶対。

淵師と冬風を感じながら、道を歩く。ふと、寒そうに手をこすり合わせる彼女を見て、俺はそっと勇気を振り絞った。

「えっ?」
「……悪い。でもよ、寒いなら、その……あれだ。互いの体温感じるのが一番だろ」
「……うん、ありがと」

気付けば指も絡められ、どっと頬が熱くなる。マフラーで口元を隠すと顔が自然とにやけるのが分かった。
冷え切った指先がだんだんと熱を持ち始める。淵師をちらりと一瞥してやると、平然とした顔をしていて少しショックだった。

(脈なしじゃねえか、これ)

俺は肩を落とす。

(どうしよう、どうしよう。肩落とされちゃったんだけど、私何かしたかな……!?)

なんて、淵師が考えてるなんて知らなくて。

すれ違う恋人たちに対抗するように手を繋いだものの、挫けそうだ。その心持ちのままカフェに到着し、俺たちは手を離すと、無言のまま店内へ入っていった。


 * * *


からんからんと鐘の音と共に退出する。カフェでお昼を食べる間は思ったより喋ることができた。ほとんど映画のことばかりで、互いのことを喋ることができなかったことが残念。

(そういえば、淵師は昨日なんで泣いてたんだ)

忘れかけていたことを思い出した。

「李典さん、少し付き合ってくれるかな?」
「おう、いいぜ」

淵師の横に並び、朝よりも確実に近い距離で歩く。
進歩したんじゃないかおい。この調子で彼女も、なんて。それはないな。

裏路地を抜けて、人通りが少ない通りを渡る。

「どこ行くんだ?」
「……大学」
「お、おー?」

予想外の答えに驚いた。
ここからも行けるのか、とかもあるが、デートのつもりだったから何というか。
でも嫌ではない。結局俺たちの出会いの場所は大学で、過ごす場所もそこなのだ。
卒業までには、過ごす場所は大学ではなく俺か彼女の家になりたい。

「画材整頓と、その……お話があって」

そう深刻そうに俯く淵師を見て、ざわりと嫌な予感。

「……画材整頓、手伝えるなら手伝うからな」

それしか言えないから、さらに嫌な感じがした。帰るという選択肢もあったが、それはもっと駄目な気がする。
淵師の指先に触れた。ひんやりとする。繋ぐ勇気は出ない。そんな俺の手のひらを、淵師は包んでくれた。

「寒い、から」
「へへ、寒いからな」

彼女がやけに恋しくなった。