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賈充


「……どうしました?」

すん、となまえの髪から漂う甘い香り。そういえば最近、元姫に香料を貰ったと喜んでいた気がする。その時は読書に耽っていたから、あまり確かな記憶はない。

少し甘すぎるが、彼女にはぴったりの匂いだ。そのせいか、つい髪に指を通して、手のひらに集めてしまう。そのまま鼻もとに運べば、さらに鼻腔を刺激するだけの甘美な匂いを感じた。
なまえはこちらを不思議そうに見ている。それはそうだ。男に、突然髪を掴まれ、匂われているのだから。
俺なら、殺しかねない。

「……甘いな」
「そ、そうですか」

「賈充殿は苦いですね」なんてなまえは笑った。憎たらしい。置かれた状況が、寝台に二人並んでいなければきっと、散々な罵声を浴びせているかもしれない。あの諸葛誕とやらとは違うのだが、僅かにこいつと同じ匂いがするのだ。

(……何を考えているんだ)

眠るわけでなく、向かい合わせに寝転ぶなまえは、大きな目で俺をとらえる。まるで見透かされているようだ。
照れてくれれば、多少の女を感じるが、そう平然と男の顔を覗き見るところは、ただの間抜け面にしか見えない。

「もっと近くから見るか?」

天井側の腕を伸ばし、なまえの背中を引く。いいです、などと吐かし離れようとしてきた。嫌がるなら何故ここにいるのか分からない。

「賈充殿って、私を抱くとき司馬昭様と重ねられてそうで」
「俺が子上を……? くく、冗談でも笑えん」
「笑ってますよ」
「いちいちうるさい犬だ」

む、と口をへの字にしている。
俺にも何か非はあるのだろうが、しかし、元々の元凶はなまえだ。これから抱こうにも、触れることさえ嫌に思えてきた。
その時、また鼻をくすぐる甘い香り。
名前を呼ぼうとしたが、飲み込み、ただこちらを見つめてくるから見つめ返した。

「……ふふっ」
「馬鹿馬鹿しい。なまえ、目を閉じろ」
「……私はなまえですからね」

なんて、そう言いつつも背中を支える手を肩に回すと、震えていた。子犬だ。うるさくて、邪魔しかしないくせに一丁前の度胸だけはある。それで己の強敵を見つけたときは、足を震わせこちらに涙を訴えかけてくるのだ。

肩はとても華奢だった。
子上と重ねるだとかの話をされたから、我ながら無様な不安がよぎったが、それはないようだ。
肩から、柔和で細い髪に触れる。髪に口づけを落とした。髪の匂いがしっかりとついた、頬、首筋、鎖骨へと滑るように移動する。
鎖骨に一つ痕をつけると、喉元へ唇を運び、口づけを一つ。掻き切るような愛の示し方を、なまえは震えながら応える。
彼女を見つめてやると、涙で目を濡らしながらこちらを見つめ返してきた。日常では、こいつが押し寄せてくる。しかし、こういうときは俺なのだ。喉を鳴らす。

「声も、湧き上がる感情も欲も、我慢はするな」
「が、我慢したら貴方が怒りますから」
「……あぁ、それでいい」

久々の笑みを浮かべると、なまえは嬉しそうに俺を抱いてきた。
体を動かし、なまえを己の身の下に敷く。唇を重ねてやった。
すぐに離れると、一瞬だけだが鼓動を感じたくなってしまう。
耳を胸に当てると、なまえの早い鼓動を感じた。彼女は俺の髪を崩さず、優しく撫でる。

(馬鹿で、単純な奴だ)

何も知らないような子供が、いつも俺の隣についてくる。
病みつきになるような甘い香りを身につけて。
くく、と笑うと、なまえから離れその唇に口づけを落としたのだった。


(喉から、欲求)



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