キス企画! | ナノ

賈ク


筆をことんと置いた。
その音に気付いたなまえは、俺の方を見る。暇だったのか、構ってもらえるという期待の眼差しで見つめてきた。
わざと筆をとる。なまえは口をへの字にして、先ほどまで読んでいた書物へ視線を戻した。

「あははあ。ほんと分かりやすいお方だね、あんたは」
「何がですか?」

ぱたんと書物を閉じる。
いざ、知らないふりをしているが、どう見ても期待をしていた。でなければ書物を閉じるわけがない。
俺は筆を適当に置き、なまえの座る横へ腰掛けた。

「構ってほしいのかな、なまえ」
「……い、いえ、」
「そうではない、か。なら、執務に戻るとするかね」
「ま、待ってください」

ぐ、と袖を掴まれる。なんだって、まだ逃げようとはしていないのに。
頬を緩むのを必死に隠し、顎鬚を撫でる。ここまで態度が露わだと、俺も手の出しようがない。

「んー、いや、待てない。俺にはたまりに溜まった執務がある」
「……そうですね」
「あははあ、怒ってくれるとありがたいものだが」

肩を竦ませ、なまえの手を握った。
椅子に並び、この俺が彼女の手を握るだなんて、あまりにも滑稽すぎる。もし俺がこの光景を見たら、すぐさま引いて、忘れようと努力するだろう。
それだけ異質だ。

「んー、あんたも変わり者だ」
「文和殿ほどではないです」
「俺を字呼びする辺り、尚更ね」

なまえは俺を見ることなく、ただ前を見ていた。俺はその憂いを帯びた横顔を見つめる。憂いの中に、なにか楽しそうな雰囲気を感じた。悪い気はしない。
さらに手をきつく握り締めると、驚いた彼女が顔を俺の方へ向けた。

その唇に口付けを落としてやる。
仕方のないことだ。今さら執務なんてやれるわけない。驚きのあまり身を引かせようとするなまえの頭を掴み、一度唇を離すと、酸素を取り入れたらすぐに重ねた。
握っただけの手のひらを合わせると、指を絡めあう。しずかに、静寂に包まれる室内で顔を離した。
俺にとってなまえを見つめることは簡単だが、彼女はそう安易ではないらしい。息を荒げ、こちらを見ている。

「なに、構ってやっただけさ」

へらっと言い放ったが、口付けをしたのは字呼びが嬉しかったからだ。
自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。なまえの頭を撫でると、目を細め嬉しそうに笑っていた。滑るように下降し、頬を撫でる。

「もう一度、お願いします、」

「今度は私を見て」と、なまえは言う。やれやれと内心焦った。
これだから構うのは苦手なのだ。嫌だと思ったことはないが、少々手加減が苦手である。

「恐れ知らずが軍師にとって、一番読めなくて困るものだな」
「賈ク殿に読まれないからこそ、あなたの言う変わり者かと」
「あははあ! あんた、なかなか言うじゃないか。どうなっても知らないよ」

頬から、肩へ。
まだ指は絡めたままだ。瞳を閉じるなまえを見つめ、じっくりと焦らす。いつまでたっても襲ってこない感触に戸惑うなまえが瞳を開くと、それを待ってましたと言わんばかりに口付けをした。

咄嗟に指が離れるが、離すわけがない。絶好の獲物を見つけた気分だ。
唇から離れ、目尻に落とす。

「賈ク殿……」
「字で呼んでくれ、なまえ」
「文和殿、髭がくすぐったいです」
「ん? あー、その反応は意外だな。あんたがくすぐったいなら、切ったほうがいいのか」
「だ、駄目です!」
「じゃ、我慢してくれ。これからずっと」

彼女の頬に鼻頭をあて、囁くとなまえはくすくすと笑った。穏やかな空気が、べたべたに甘くて仕方がない。

甘いと考えて、あとで彼女に桃でも持ってこようかと考えた。ここまで構ってやったのだ、少しは静かになるだろう。

立ち上がり、文机へ戻った。
しかし、静かになると思っていたのは間違いだった。

「文和殿ー、文和殿」
「……はいはい、分かったから」

だからと言って、手を出せばうるさい人だ。結局、俺が執務をしている間は髪の毛で遊ばせることで終わりが見えたのである。


(愛情をこめて唇にキス)

「髪の毛に艶がないですね」
「……あんたが艶を取り戻させてくれるかい?」







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