徐庶
どうやらなまえが戦闘中、怪我を負ったと聞いた。今こうやって平常心を保ったフリをしているが、本当は、心配でたまらない。だからと言って俺が行けばなんとかなるのだろうか。
そう悩んでいたら、士元が俺に「あの子があんたを待ってるよ」なんて言ってくれた。よし、それなら行ける。いや、元より行く気はあったんだ。
そして、医務室。薬品の匂いが鼻をくすぐる。野草をいつも摩り下ろしている変な医者はいなかった。
医務室には俺となまえだけで、彼女は奥の寝台へ腰掛け、俺が扉を閉める音に気付くと静かに振り向いた。
「なまえ、傷は大丈夫かい?」
「徐庶さん、どうしてここに?」
「ええと、君が怪我をしたと聞いてね。で、傷は?」
少し嘘をついたが、ある意味本当だ。
なまえは「傷は……」と言って、左肩を押さえる。どうやら流れ矢が掠めたらしい。彼女の寝台の横にある椅子に腰掛け、患部へと布越しに触れた。なまえは痛そうに顔を歪める。
「あぁ、ごめんね」
「い、いえ……大丈夫です」
すぐに手を離し、代わりになまえの頬へ指を滑らせた。くすぐったそうに笑みを浮かべる彼女。こんな子が、前線に立ち生死をかけて戦っているのだ。それなのに、俺は何をしているのだろう。
「徐庶さん?」
「……少し、傷口を見ていいかな」
「傷口を? えっと、擦り傷程度で血も止まってます、けど」
「それなら尚更だよ。俺は好きな人の大きな傷は見たくない」
「……おかしな人です」
はさり、と白い深衣の襟元が、肩から落ちる。なまえはそれ以上はめくらず、ただはずかしそうに顔を赤く染めて、俯かせるだけだった。
俺は彼女の傷に、先ほどのように痛みを与えないように優しく、軽く触る。
透き通るような肌はひんやりとしていた。突然の熱になまえは肩を震わせる。
「少し、我慢をしてほしい」
「は、はい……」
なまえの鎖骨に口付けをし、そのまま誘われるように患部へ。軽く吸うと、ちり、とした痛みになまえは甘い声をあげ、俺の衣服を掴んだ。
悶々と湧き上がる焦燥感。舌を這わせてやると、さらになまえの体がぞくりと粟立つようだった。傷をなぞり、唇を離すと、なまえの顔を見つめる。
「何してるんですか……」
「君が生きているって、感じたいんだ」
そう言って、なまえに後ろへ向くよう指示をする。寝台をぎ、と軋ませ、なまえは俺に背を向けた。彼女の髪を横に掻き分け、うなじを撫でる。肌を引き立たせる白い衣服をさらに脱がせた。はぁ、と熱い吐息が聞こえる。
「怪我人なのに、俺は何をしてるんだろうね……」
「だ、大丈夫。擦り傷ですから……、でも、誰かに見られたら」
「あぁ、それは困るな」
熱く紅潮してきた背中に口付け一つ。なぞるように吸う。意識はしていないのに、なまえは俺の髭が当たってくすぐったいようだ。先ほどから、くすくすと笑っている。
余った手で、なまえの胸元へ手を伸ばし、そこでこれ以上衣服が落ちないよう押さえる手のひらを包んだ。もう片手はしっかりと彼女の肩を掴んでいる。
「熱いです、徐庶さん……」
「あと少し」
「んっ」
名残惜しいため、代わりに痕をつけた。
顔を離すと、ゆっくりなまえは乱れた衣服を整える。そして、顔を真っ赤に、それでいて目尻に涙を滲ませて振り返った。
これは想像以上に酷いことをしてしまったようだ。ただ彼女がここにいることを確認したかっただけなのだが、案外自己満足なのかもしれない。
「ええと、お願いを聞いてほしい」
「……はい」
「俺が死ぬまでは、絶対死なないでほしい。あ……でも、大きな怪我も、できたら」
「欲張り。徐庶さんも、それなら私の側から離れないでください」
俺の衣服を掴み、頼ってくる。頬が自然と緩むのを感じた。
「君がいいなら、俺はいつでも側にいさせてもらうよ」
と笑う。そうして抱き寄せると、なまえは傷口が痛いにも関わらず俺の背中へ腕を回してくれた。
子供体温のなまえは、抱き締めてて心地よい。ふわふわの髪も、柔らかい肌も、俺のものだと思うと、これ以上の優越感はないだろう。
しかし、ここまでなまえを焦らしたつもりだったのに、平然としている。
いや、そりゃあ彼女は怪我人だし、俺だって手は出さないと思う……けれども。
結局、今の俺には目一杯彼女の温もりを感じることしかできなかった。
(背中にキス、確認)
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