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誘惑


李典殿は甘えん坊ですよね。なんて、なまえが突然言ってきた。あまりにも唐突で、反応もできない。お得意の勘は俺が思考をやめたせいで働いていなかった。
そもそも俺、甘えてるつもりないんだけど。

「例えばですけど、お酒に酔ったら私の胸に抱き付いてゴロゴロしてきたり、普段から二人だけになった途端積極的で、」
「あーあー、言うな。恥ずかしいだろ」
「今では想いが通じ合う前の奥手な雰囲気すら消えちゃって」

と、なまえは顔に手をあて、残念そうにため息を吐いた。確かに、あの頃みたいに彼女の手を握ることに抵抗も感じなくなったが、むしろ悲しまれているなんて思ってもみなかった。
女は愛する速度よりも、展開や物語が大事だと郭嘉殿に聞いた気がする。ごくりと唾を飲み込み、なまえを見つめた。目が合う。その頬に触れると、いざ、意識をしてしまった。

「李典殿?」

滑らかな肌に指を滑らせる。

「何をしたらいいか分からないぜ、俺」
「……それが、李典殿らしいです」

手を離し目を逸らしたが、なまえに頬を包まれ強引にこちらを向かされた。
優しい手つきで、頭へ移動すると生まれつきのくるくるとした髪を撫でられる。

「俺、男だからあんま彼女とかに甘やかされんの嫌だ、」
「うん」
「なあ、どうやったらあんたを喜ばせられる?」

ゆるやかになまえの手が無抵抗に落ちる。それを掴み、包み込んだ。そのまま彼女が言葉を発する前に唇を塞いでやる。長く堪能すると酸素を取り入れるため接吻をやめ、また重ねあった。

「はっ、ごう、いん」
「嫌、ならやめるけど……、なまえ」

ふと、なまえにとんと頭を押さえられる。ふわりと彼女の髪から甘い匂いが漂った。胸が疼く。行き場をなくした俺の手が、自然と彼女の背中へ回った。

「……一度だけ、あの時みたいに口付けにも時間がかかった李典殿を見たいです」




なまえの髪を掬い、手のひらへ広がらせる。寝台が軋んだ。くすくすと彼女は俺の下で愛らしく笑っている。
その笑顔だけで負けそうだ。いろいろなものに。

「……なまえ、覚悟しとけよ?」
「ふふ、李典殿のお得意の口だけですね」
「そんなことねえって。本気出したら凄いんだぜ、俺」

一つ瞼に口付けを。

「李典殿ってば、元通りじゃないですか」
「そんだけあんたを好きってことだよ。な?」
「……はい、」

なまえが口を開く前に塞いだ。舌を絡め取り、漏れる息に焦燥感を煽られながら、ただなまえの熱を感じた。
やがて濡れた唇から口惜しく離れると、耳へ俺の唇が誘導される。

「な、なにし、んっ」

耳たぶを甘噛み、傷を癒すように口付ける。くち、と舌をいれると、なまえは甘い声を漏らしてしまった。
その声が想像以上に可愛くて、とんでもない威力を持っている。そのせいか、俺には悪戯心が芽生えてしまった。

なまえの首筋を撫でながら耳を甘噛み続ける。触られるだけでくすぐったいようだ。小さく悲鳴をあげながら、俺の行動に身を捩らせている。

「やあ、李典、殿っ……ん、あっ」
「……ん、なまえ」

名前を耳元で囁くと、肩を震わせた。
いい加減しんどそうにしているため耳から離れると、俺を涙で潤んだ瞳で睨んでくる。

「言っただろ、手加減できねえって」
「……でも、大丈夫です」

なまえは俺の首に腕を回し身体を引き寄せると、はずかしそうに顔を埋めた。
柔らかい髪が頬に当たってくすぐったかったり、それでも近い体温が気持ちよかったり。
結局、甘えてるのは俺なのかもしれないが、案外彼女でもあったのかもしれない。

近くにあった耳たぶに口付けると、とうとう離れてしまったが。

「突然も燃えるだろ、って、なまえ何してんだ?」
「……し、知りません!」
「ははーん、耳が苦手なのか?」

耳元へまた名前を囁いた。

「もっ、り、李典殿!」
「可愛い奴だぜ、全く」

そうしてなまえの寂しがる唇に触れると、何だかんだ受け入れてくれた。
自然に誘ってくるから、困る。口付けを終え、鼻頭を頬に当てながら笑うと、彼女は俺の耳元で名前を呼んでくれた。

あ、駄目だこれは。


(誘惑に耳にキス)






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