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思惑


気付けばお互いに好き合っていて、気付けば文鴦さまに告白されて、気付けば横に並んで歩いている。すれ違うたび、頭を下げるだけの関係でなくなったのだ。もう心の中で、今日も眩しいです、文鴦さま。などと一日の安寧と共に彼と過ごせた幸福に祈ることはない。

今、廊下で文鴦さまとすれ違った。
何か言おうとしたが、彼は私に気を遣ってか、微笑を浮かべ近付いてくれる。紳士的な対応にどぎまぎしながらも、私よりもどれだけ背丈が高いのか分からないぐらいの文鴦さまを見上げた。

「ぶ、文鴦さま、こんにちわ」
「あ、あぁ、こんにちわ」
「あの、鍛錬は終わられたのですか?」

問うと、文鴦さまはさらに紳士的な対応をしてくれた。私のために膝を折ってくれている。あぁ、廊下で、しかも一国の名高き将が堂々と膝を折るだなんて。
それにしても、膝を折らないと同じ目線にならないなんて(それでも彼の方が高い)、彼の膝下からの長さが私の頭一つと半分以上だとしても、些か奇妙だ。

「今日は晴天だからな。あなたと少し、散歩をしたいと思い……しかし、なまえが多忙なら結構、私だけで、」
「まま、待ってください。共に散歩をしたいです、私……!」

勝手に話を進める文鴦さまの手を握った。彼は突然のことに頬を染める。その反応に私の頬も赤く染まった。なんてことを白昼にしてしまったのか。

「では、行こう。あぁ、そんなにかしこまらないでくれ。庭を歩くだけだろう」
「は、はい」

そう言われたものの、未だあなたと恋人になれたことさえ実感できないんです。心の中で、文鴦さまの柔らかな笑みに感謝と恨み言を並べてやる。

文鴦さまは膝を起こし、私の手を引いてくれた。彼の手のひらは私よりも一回り二回り大きい。しかも、見た目と反して暖かいものだから、おかしいのだ。

廊下から飛び出し、城内にある庭に出た。季節は春真っ盛りだ。色とりどりに咲き誇る花たちが、甘い香りを漂わせている。

「文鴦さまとゆっくり歩いたのは初めてですね、そういえば」
「そうだな。……すまない、私は一秒でもなまえといたいと思っているのに、実現できずにいる」
「ぶ、文鴦さま、……嬉しいです」

あまりの言葉に頬が綻ぶ。文鴦さまの素直な気持ちは滅多に聞かないのだ。だからこそ、今言われた言葉は一生ものである。もし寂しくなったとき、この言葉を思い出せば一年は寂しさを埋められそうだ。
文鴦さまは私と繋ぐ手に、そっと、色が混ざり合うように自然と指を絡めさせた。風が吹く。空いた手で髪の毛を抑えた。そして、その手が優しく掴まれる。
掴んだのは誰でもない文鴦さまだ。

「あなたに格好つけたいと思うが……駄目だ、私は。いざなまえの前に立つと、どうしたら良いのか分からない」
「……文鴦さまは誰よりも格好いいです、から」
「それは光栄だな。……なまえ、私のことは文鴦ではなく、次騫と呼んでくれないか?」
「次騫、さま……」

そうだ。と、次騫さまは微笑む。太陽のように眩しい笑顔に、綺羅星のように輝く瞳。捕らえられた私はさぞかし蝶か。蝶が光に誘われるのは当たり前のことだ。
次騫さまはそのまま、腰を深く曲げる。私の方へ顔を近付けると、掴んでいた手がほどかれ、彼の手のひらは私の髪へ辿った。とうとう初めての接吻を交わそうと時間が迫っていく。

触れられたのは髪だった。いつまでも来ない感触に目を開くと、私の視界いっぱいに次騫さまの首やら衣服やらが。

「……次騫、さま?」
「ゆ、許してくれ。その、このように真面目に女人と付き合ったのは、あなたが初めてで……なまえ、」
「だ、大丈夫です! 私もまだ勇気が出てなくて……」
「そう、か……?」

強引すぎただろうか。次騫さまの方を見ると、彼は安心して笑っていた。その笑顔に、不意に胸が高鳴った。まるでこれでは恋人同士ではないか。いや、私たちは恋人同士なのだった。

なんだか居ても立ってもいられず、とりあえず次騫さまの手を強く握る。

「……あと少し、次騫さまといたいです」
「もちろんだ、なまえ。今日はずっとあなたといると誓おう」

そう言って、次騫さまは再度腰を曲げ、私の手を口元へ運ぶと手の甲に唇を落とさせた。どうしてこんなことはできるのに、本番はできないのか。その質問は、私が恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまったから聞くことはできなかった。



(髪に思惑)




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