なつのわすれもの | ナノ
It was with you.


「何かお手伝いしましょうか?」

それは賈クにとっては悪意のこもった言葉だった。彼女は善意と好奇心で言った言葉だが、重くのしかかる。
賈クは週刊雑誌に目を配りながら、適当に言葉を濁らせた。

「……結構だ。それにあんた、授業はどうしたんだ」
「今冬休みですよ?」
「ははあ、そいつは失礼」

読み終わった週刊雑誌を閉じると、淵師を見つめた。どうして冬休みなのに、わざわざ制服着て用務員室へ来ているのだ。今年は二桁を余裕で超えるほど淵師はサボりに来ていたが、まさか冬休みにまで来るとは思っていなかった。

賈クは先ほどまで読んでいた漫画の続きが気になる。淵師を見ながらも、脳内では続きの予想ばかり。

「淵師、あんた今暇か? んー、暇そうだ」
「え、酷いです」
「じゃあいいさ。淵師と制服デートがてらコンビニに行きたかったが……」

「仕方ない」と賈クは一人でに立ち上がった。咄嗟に制服デートなどと言ってみたが、一応期待も含めて言ったことだ。
冬休みに淵師が来てくれるのは心底めんどくさいが、些細な期待が賈クの胸によぎっていたのだった。

「ま、待って。行きます、制服デート」
「おいおい、制服デートに釣られてくれるのは嬉しいが、行くのはたかだかコンビニだからね」
「巨大プリン買ってくださいね!」
「……否定権はなし、だな」

淵師は制服の上にダッフルコートを着て、賈クは作業服のまま外に出ようとする。些か寒いが、徒歩で数分の距離だ。さすがの鳳凰学院と言うべきか。
用務員室から出て、賈クは職員用の玄関、淵師は下駄箱から靴を持ってくると、同じ場所で靴を履き替える。

玄関から出ると、真っ先に冬の冷たい風が二人を襲った。
艶のある淵師の黒髪がよくなびく。やはり寒い。数分だけだが、数分もあるコンビニまでの距離に顔をしかめた。

「寒いです、ね」
「俺は何も言わんよ」

袖をまくっていたが、すべて下ろす。これは作業服で似合わないが、私服のコートでも羽織うべきだったか。
横に並ぶ淵師のダッフルコートが恨めしく思える。

「私のダッフルコート着ますか?」
「あははあ。小さくて着れないのが目に見えてるから、結構だ」
「む」

一応賈クなりに褒めたつもりだったが、どこに怒る要素があったのだろう。
淵師はむすっとしたまま、賈クへぴたりとくっついた。

「おい、淵師」
「寒いから、です」
「……んー、こいつは困った」

本当に困った。許すと、淵師は調子に乗ってしまうのだ。もちろん今もそうである。今では腕に手を回そうとしていた。

(ここまで積極的だったか、淵師は)

本調子になれない。
何か話そうものなら、淵師の体温が腕から伝わるのだ。
彼女が巻き付く半身だけ異様に暖かい。賈クは苦笑を浮かべると、だんだんと見え始めたコンビニに安堵した。


「いらっしゃいませ」と一人が言うと、並んで他の店員が同じ言葉を言う。賈クは雑誌コーナーへ行き、先日発売した続きの漫画をカゴに放り入れた。
淵師は特大プリンを運ぶと、ついでに晩ご飯に使う食材を買い足す。

「俺が奢らんでもいいのかい」
「はは、まぁ失礼ですしね」
「あははあ、そいつは助かるね。ん? 淵師、どうしてカレーのルーなんていれてるのかな」
「今日の晩ご飯はカレーにしようかなって」

淵師はレジへ自分のカゴを運ぶ。賈クも続いて同じレジに並んだ。
商品が袋に入れられていくなか、淵師は楽しそうに微笑む。

「あんたが料理をしてるのか?」
「家じゃほとんど一人ですしね。おかげで料理もできるようになったし、王異や文姫をいつでも呼べるんですよ」
「はー、驚いた。淵師がそれでいいなら何も言わんが……」

少しさみしそうだ。
ふと、嫌な考えが脳裏によぎる。もしや俺は父親と重ねられているのではないかと。そうだとしたら辛い。我慢せずに言うが、なかなか胸に刺さる。

「お待ちの方、こちらにどうぞ」

淵師に小突かれはっとなると、賈クは呼ばれた横のレジへ向かった。ついでにレジ横にあったホットコーヒーも一つ足すと、清算を済まし、買い物は終えた。



また外に出ると、さらに厳しさを増した風が吹いていた。
今度ばかりは寒い。賈クは自然と淵師に寄ってしまった。

「わ、わ、賈ク先生」
「悪い、歩くのもままならないぐらい寒くてね」
「いえ、私は大丈夫です」

淵師は頬をほんのりと赤く染め、賈クにくっついた。自然と笑みがこぼれる。気を許せば頬が緩むのだ。ただ前だけを見つめるようにした。

「地球温暖化なんて嘘みたいです」
「こいつは氷河期再来かと錯覚しそうな寒さだからね」
「そういえば再来と遼来来って、……」
「……淵師」

さらに寒くなりそうだが、そんなことはどうでもいい。淵師は一瞬表情を曇らせたが、賈クに名前を呼ばれると、笑顔を作り、どうしましたと問いかけた。

「……いや、何でもない」

賈クは口元を抑え、顎鬚を撫でる。
どうして張遼の話を知っているのかと。調べたのだろうか、いや、それとも何かを思い出しそうなのか。

何はともあれ、賈クにとって喜ばしいが、改めて自分は間違ったことをしているのではないかと思った。

淵師が記憶を取り戻すと、思い出したくない記憶も蘇るのだ。ただ賈クは、一度でも自分を本心から見てくれていた淵師を取り戻したいだけである。

「……つきましたよ、賈ク先生」
「あー、そうだな」

そこから下駄箱で分かれ、賈クは先に用務員室へ戻ると気を紛らわすように週刊雑誌を取り出した。
早速読みたいページだけ読む。

(……あははあ、こいつは予想外の展開だ)

まるで、自分たちみたいだと。
淵師が寒そうに体を震わせ、こちらへやってくるまであと少しのことだ。


(あなたと共にいられた)

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