I don't believe that I love you.
「賈ク先生……」
ぽつりと呟いた。賈クはここにはいなかった。今頃仕事をしているのだろうか。それなら動くより、まだここで待機をしておいた方がいいだろう。
淵師はソファーに腰掛ける。ここで何度賈クと過ごしたのか。いつも隣にいてくれた。淵師はそんな賈クが、ーー好きである。
扉が開かれた。顔を俯かせ、疲れたように賈クが戻ってきた。
「賈ク先生っ!」
「淵師……?」
一歩近付いてくる。淵師が何か言おうとしたが、それは賈クに体を引き寄せられたため言葉をやめた。廊下を歩き回っていたのか、つなぎが冷たい。淵師は目を細め、賈クの背中に手を回した。
「淵師、昨日はすまなかった」
「いえ、私こそごめんなさい」
「……あんたは、生徒じゃない。俺が惚れるただ一人の女だ」
淵師の頭を撫で、髪に指を通した。賈クは何が変なことを言っていないか、内心焦ってしまった。淵師は彼の言葉を何度も噛みしめる。これは、彼は私が好きということでいいのだろうか。胸が破裂するのではないかというぐらい、高鳴っている。
「私は、賈ク先生が好きです。大好きです。今の私も、昔からも、ずっと」
賈クと最後に会話をしたあの日、淵師が書いた願い事は何だったのか。淵師は涙を落とした。あまりにも強く抱き締められ、それが嬉しかった。
「また、あなたと会えるように。あんたはそう書いただろう?」
「はい……!」
「もう願い事なんていらない。そうだな。淵師」
「はい。……あの、この言葉を機に昔の私とさよならをしたいです。ずっと、呼びたかった名前」
体を離し、淵師は賈クの顔を覗いた。
「文和殿、恋い慕っております」
そう言って、淵師は笑った。賈クは柔らかい頬へ口付けを落とすと、無愛想ながらに笑みを浮かべる。
「あははあ。こいつは予想外だ」
淵師は今の時間を忘れることはないと思った。冬休み明けに、前からずっと、恋い慕っていた男と結ばれるなどと。賈クは顔を近付ける。淵師に、一度止まったが、すぐに決意をして彼女にキスをした。
「今度は、離さんよ」
ずっと恋い焦がれていたこの瞬間を、賈クは淵師から離れ、気持ちを伝えた。そして、あくまで生徒だということも。淵師は一度顔を歪めたが、渋々頷く。
昼休みが終わり、授業五分前のチャイムが鳴り響いた。
次の時間は古典であるが、淵師がぎりぎり欠点を間のがれたのは、また別の話。
(信じたくないくらい、好きだよ)
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