Lost my way
天井を無心で見つめていると、まるで時間が止まったようだ。いつまでこんなことをしているのだろう。そして、いつになれば淵師は荷物を取りに戻るのだろう。部屋に響く時計の針だけが答えてくれる。もう来ないと。
既に雲は隠れ、もう少しで六時のチャイムが街に鳴り響くはずだ。冬の夜は長い。それを聴いたら淵師を探しに校舎を歩き回らなければ。足が棒になったように、役立たずで、臆病だ。もしかしたら、立ち上がった瞬間足の骨が折れるかもしれない。
賈クはため息を落とした。
打算も策略もあったもんじゃないよ。そう思う。あったもんないから、俺は負けたのだ。賈クは逆に、策略を成したら勝つのではないかと思った。
顔をやっと天井から前へ向けた。首の骨が悲鳴をあげていた。骨は大事にしなければいけない。淵師ぐらいの歳の間にカルシウムを補給していて良かったと、今更感謝した。
それはさておき、恋愛に策略など練ったことはない賈クは必死に頭を回転させていた。このとき、郭嘉などがいれば少しは楽なのだろうが、きっと彼は「体で示そう」の一点張りに違いない。あくまで偏見である。
女が喜ぶこと、特に若い子たちだ。それを希望は抱えずに今日買った雑誌から探した。ないことが分かったのは六時のチャイムが鳴ってからだ。
チャイムは賈クを追い詰めるように、終盤に差し掛かる。重く響くその音は、とうとう鳴り終わった。
「……これはこれは、行くしかないかね」
賈クは立ち上がると、少し歩き扉の前に立つ。一度ドアノブに触れたが、離した。しかし、ここで止まっていては以前の繰り返しなのだと自分を叱った。チャイムよりも重くのしかかる扉を押す。
廊下の空気は乾いていた。
歩くと、足音がよく響く。まるで洞窟にでもいるようだ。歩きながら、もしや淵師は家に帰ったのかと思ったが、あそこまで熱が出ていたのだから無理だろう。見つけたら有無を言わせず車に連れ込んで帰らせねば。ここだけ見ると、まるで賈クは不審者だ。実際、廊下でつなぎ姿の彼が歩くだけで不審者なのだが。
「おい、淵師ー」
試しに名前を呼ぶも返事がない。階段をのぼるのは面倒だ。できるなら、この曲がり角を曲がったところで淵師と出会いたいところだ。……と、思った矢先、曲がり角で誰かとぶつかった。顔を下げると、やはり、そこには淵師が立っていた。
「ここにいたか、淵師」
「……ご迷惑をおかけしました、賈ク先生」
「なに、気にしなさんな。それより、家、送るから。用意をしてくれ」
「本当に申し訳ないです」
淵師は深く頭を下げる。そんな彼女の肩を引き、賈クは二人で用務員室へ戻った。廊下は寒い。だが、手のひらに感じる淵師の僅かな温もりは、とてつもなく暖かかった。
用務員室のソファーで腰掛け、淵師は待っていた。賈クは一度教職員用のロッカー室へ行き、服やら貴重品やらを取りに行ったのだ。最初は賈クも淵師を下駄箱へ置いておこうと思ったのだが、本当に今日は寒い。それに、淵師を外の世界に一番違い場所に置けばどこへ行ってしまうか、という不安があったからだ。
淵師はストーブの前に手を出す。腕時計をちらちらと見ながら、手のひらの皮膚を焼かれる感じがしたらストーブから手を離す遊びをしていた。
「待たせて悪いな。さ、帰ろう」
賈クは淵師が何か言う前にストーブの電源を落とし、先に用務員室から出て行く。淵師も用務員室の電気を消し、窓の戸締りを確かめると彼についていった。
「……あの、賈ク先生」
「あぁ」
「いろいろ聞きたいことがあって、その、先生はどうして私に記憶を?」
「あははあ、いきなりそれか。んー、あんたならわりかし分かるんじゃないかな?」
悪戯っぽく言う賈クに淵師は眉を寄せた。私に何が分かるのか。
「……分かりません。どこまで思い出したのかも、さえ」
「そうかい」
あまりにも淡々とした現状に、賈クは疑問を浮かべた。彼女は過去の記憶とやらをいくつか思い出したと言うのに、どうしてこうも平然としているのか。
淵師に一歩近付くと、すす、と避けられた。
「あの、先生。これだけ教えてくれませんか?」
「どうした」
「私は、先生のどんな存在になれていますか?」
淵師はそう言うとき、賈クの腕を掴んだ。外に出て、車の方へ歩いているときの話である。
「俺は、大事な生徒だと思ってるさ」
(道に迷う)
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