Same name, but another parson.
だいぶ寝ていた気がする。既に時刻は夕方を回っているようだ。赤い光が窓から射し込んでいる。淵師は声を発しようとしたが、喉が痛くて出てこない。とりあえず上半身を起こし、どこかにいるであろう賈クの姿を探した。
きょろきょろと辺りを見回す。
あのつなぎ姿の先生はどこにもいない。台所にいるのかと思ったが、そこでもないようだ。淵師はソファーから起き上がる。賈クを探そうとしたのだ。
(何か、思い出せそう)
一人で誰かを探していたことが、過去にもある気がした。静閑とした室内が怖くて、よく廊下をさまよっていたことが。
なぜか目尻の奥が熱くなった気がした。思い出したいのに、淵師自身が嫌がるのだ。
(大丈夫、受け止める覚悟はある、から)
そのとき、扉が開いた。賈クがコンビニの袋をぶら下げて立っている。
「起きて大丈夫か、淵師」
「……は、い」
掠れた声ではままならず、頷いて返事をした。よかった、と賈クは小さく笑むとコンビニの袋から風邪薬を取り出す。
「これを一応飲んでくれ」
「わざわざすいません……」
「気にするな、俺が勝手にしたことさ」
ペットボトルを渡し、淵師はその錠剤を喉に流し込んだ。喉も潤い、だいぶ声を出せるようになる。
「賈ク先生って私が困ったときすぐに手を差し出してくれますよね」
「そうかい」
本心から思ったことだ。賈クの適当な返事にちらりと彼を見やるが、目は合うことなく彼は雑誌を読み出した。
そろそろ帰らないといけない、と彼女は外を見て思った。冬の夜は長い。まして一人で帰るとなるとそうだ。
賈ク先生が送ってくれればいいのに、と淵師は考えるが、それは無理だと打ち消す。
「どうした」
「そろそろ帰らないといけなくて」
「んー、淵師が良ければ送らせてもらうが?」
「いえ、そんな……悪いです」
本当は是非、と言いたいが言葉を飲み込み、顔を俯かせた。
いつもこうだ。いつも、彼は私の心配をしてくれる。申し訳なくなるのは私なのだ。
(いつ、も?)
ふと、淵師は自分に問いかける。いつも、と言ったものの賈クに心配をされたのは今日が初めてだと。それなら、どうして当たり前のように心配されたのだと思っているのか。
賈クは怪訝そうに顔をしかめ、淵師に触れた。指先が触れ合うとき、淵師は確かに鼓動が揺らいだ。
駄目だ、私は彼が、
「……ごめん、なさい」
「待て、淵師」
賈クはゆっくりと淵師を抱き寄せた。確かな温もりに、互いが涙を落としそうになる。柔らかい髪に指を通し、そっと、淵師も賈クの背中へ腕を回した。
「俺の名前を、呼んでくれ。淵師」
「賈ク、先生……?」
「違う、下の名だ」
「……駄目です、まだそんな親しい仲じゃ、」
「それは昔の話だろう、淵師」
淵師の胸がどくりと疼いた。脳裏に浮かぶ賈クの姿は今とは違う。戦い、献策をし、肩を並べて街を歩いた賈クが、傍らにいたのだ。背中へ回す腕を、力無く落とす。
やがて体が離れると、淵師は唇を震わせ、口を開いた。
「元譲、殿……」
(同じ名前、だけど違う人)
<< >>