なつのわすれもの | ナノ
He caught her by the hand.

苛々する。理由はないが、いや、理由はあるのかもしれない。嘘だ、理由はある。賈クの視界の先、淵師を見て彼は悶々としていた。
淵師の横には、彼女の上官である別の男が歩いている。それは、とても仲睦まじく。男は名のある隻眼将軍。彼の笑う姿を賈クは生まれてこの方、一度見たことあるかないかだ。しかし、そんな将軍は楽しそうに、慈悲深い眼差しで淵師を見つめていた。

賈クに入る余地はない。それが、なんとも腹立たしかった。



賈クはある日親友を亡くした。好きだった彼女も失くした。悲劇を気取るつもりはないものの、自然とそう考えると、少しばかり気持ちが収まった。

「おや、賈クではないか」

と、呼ばれた気がする。そう、柔らかな物腰で彼の名を呼ぶ男は今はいない。賈クは石階段に腰掛け城内の庭を見つめていたが、声の主へ振り返った。
そこにいる姿を見て、内心焦りと緊張を感じる。初めて見たときより大人っぽく成長した淵師が立っていた。

「あの、横いいですか?」
「こんな俺の横でいいなら、いくらでも」

わざと自虐したわけではない。それは互いに分かってはいるのだ。しかし、淵師は彼の物言いにむっとするも、隣に腰掛ける。感じる穏やかな風に目を細めた。

「淵師、最近どうだ? 夏侯惇殿とは仲良さそうだが」
「はい、まぁ」
「あははあ、随分ともったいぶるじゃないか」

賈クは、胸にぐさりと針が刺さった気がした。

「……永遠に添い遂げていたい人を選んだ代償ってのはなかなか怖いものですよ」
「なに?」
「なんでもないです」

さらにぐさりと。それは淵師も同様だった。何かわだかまりができた、この二人を包む雰囲気がどうも好きではない。郭嘉の存在が改めて大きかったと二人は同じ瞬間に痛感してしまう。

賈クは天井を仰ぎ見た。淵師は逆に、膝を抱え込む。今まで、何でも話せた親友だったつもりだが、男女の差というものは大きいものだ。空を仰ぎ揺れる雲に名前をつけたり、前日の宴会での出来事だけで時間を潰すことが、意識をしだすとなかなかできない。まして、二人きりの場合。

「……賈ク、殿」
「あぁ」
「あなたは、幸せになってください」

ただ、淵師にはそれを言うしかできなかった。立ち上がると、賈クが何か言葉を放つ前にその場から立ち去った。賈クは、彼女にとんでもない嫌味を言ってやろうと思ったが、それさえも叶わず、歯痒い思いでため息を落とす。
ふと、あの頃より艶のなくなった己の黒髪が視界に入った。淵師は嫁にいつか迎えられ、俺はーー、と、考えたところで無駄だったことに気付く。

「ははあ、完敗だね、郭嘉殿」

俺は、誰も愛せそうにない。
賈クは郭嘉の大事にしていた駒の形によく似た雲を見つけ、肩を竦めた。


(彼は彼女の手を掴んだ)

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