すん、と甘い匂いを嗅ぐ。お酒がなみなみと注がれた觚を揺らすと、更に匂いがきつくなった。視界が揺れる。 郭嘉殿は鼻で笑うと、私の横に腰掛けた。 今、私は彼の私室にいる。寝台に腰掛け、昼からだというのに、お酒を出されてしまった。仕事はないのか、と疑問に思い問うと、どうやら既に終えているらしい。あからさまに、文机には溜まった仕事が積まれている。 「余所見は駄目だよ?」 肩をぐい、と引かれた。 色素の薄いさらさらの髪に、私の黒い髪が混ざる。着物と、郭嘉殿の衣装があるせいで、触れ合う肩からは到底熱が伝わらない。代わりに、左肩からは郭嘉殿の熱を感じる。大きくて、細い指先は優しく私の肩を掴んでいた。 「顔が真っ赤だ。もう酔っちゃったのかな」 「大丈夫です。ただ、その、近くて……」 「離れたい?」 「……離れたくありません」 「はは。……その顔を見ると、心底からあなたを手に入れられて良かったと思えるよ」 そう言って、肩にこめる力を強める。 「おや、酔っちゃったのかな?」 「よ、酔ってません」 「酔ってることにして、介抱をしてあげよう。ほら、横になって?」 「えっ、郭嘉殿っ……!?」 觚を強引に奪い取る。咄嗟のことで、私の衣服にお酒が少しこぼれた。じんわりと蝕むように、冷たい水が太ももに広がっていく。 郭嘉殿は静かに私を倒すと、彼も同じように横になった。 「眠たいだけじゃ……?」 「うん」 「きゃ、くすぐったいです」 「……ごめん、冷たいなら脱ぐ?」 「ぬ、脱ぎません!」 「……はは、暖かいね、淵師は」 「ーー郭嘉殿?」 さら、と髪が枕に広がる。 胸元に顔を埋める郭嘉殿は、私を抱いて健やかに眠っていた。 そんなに疲れていたのだろうか。彼の後ろの文机に積まれた資料を見ると、仕事はしていないように見える。 しかし、と。なんだか目の前で眠る郭嘉殿は子供のようだ。長い睫毛が震えている。口付けをしたくても、届かない。 代わりに頭を撫でると、郭嘉殿は可愛らしい笑みを浮かべて、こう、私の胸が締め付けられる。 幸福に絞殺される気分だ。絞殺されているから、眠気も襲ってこない。 「……郭嘉殿」 彼の髪に指を通す。 「好きです、大好きです」 私が酔ったときはあなたが介抱をして、あなたがさみしいときは私が側にいる。 起きたら彼が砂となってこぼれていそうだ。それがとても怖くて、悲しくて、私は眉根を寄せて微笑む。 眠るまでは、ずっと郭嘉殿の髪を撫でていた。沈む瞼に、止まる動作。 気づけば私は眠りについていた。 * * * つらく感じない締め付け。 なんだか暖かくて、私はすぐに誰かに抱き締められていることに気づいた。 それは誰かなんてすぐわかる。 瞬きを何度かして、顔を引いた。 「おはよう、淵師」 「おはようございます……」 早速郭嘉殿は額に口付ける。 頭を撫で、笑みを浮かべた。ぎし、と寝台が軋む。理由もわからず恥ずかしくなった。郭嘉殿の胸に顔を埋めると、くすくすと彼は笑って私を抱きしめ返した。 「甘えん坊だね」 「郭嘉殿も甘えん坊です」 「あなたの照れる顔はとても愛らしいから。ほら、見せて?」 肩を掴まれる。 私は静かに、俯きながら顔を引かせた。郭嘉殿が少し体を曲げると、顔が視界一杯に入り、そのままゆっくりと口付ける。 端正な面立ちの彼が離れた。 既に射し込む日が傾きかけている。どくり、と胸が疼いた。 「……もう一度、おはようと言ってください」 「どうして?」 頬をさっと撫でる。 「郭嘉殿を感じたいから……」 「言葉で感じられるなんて、無欲なものだ」 そう言ってまた顔を近付ける。 「おはよう」 口付けを落とした。 長く、甘い口付け。ぼんやりと融解される。頭が痺れてきた。 彼の背中に腕を回すと、唇からそっと離れ、郭嘉殿は私を強く抱き締める。 「もう昼は過ぎたから、次は宵を越えて……。私がさみしくなっても、淵師が側にいてくれるから、久しぶりに穏やかに眠れそうだ」 「悪いものは、撃退します」 「知恵比べで、勝ってね」 「もちろんです……奉孝殿」 そうして、郭嘉殿は静かに目を閉じた。 (二人で知恵比べ) end. |