小説 | ナノ

藁にもすがる思いで叩いたそのドア。手順通りに紡いだ言葉。何がいけなかったのか、どこか間違っていたのか、そのドアが開かれることはなかった…


ということはなく。

(はーあーいー)

と、声変わりを経験していない男の子のような声が響き、ギギギ、と蝶番が悲鳴を上げながらひとりでにドアが開いた。

応えてくれた、と期待して「花子さん!」とドアが開ききるのを待たずに、淵に手をかけ勢いよく中を覗き込むが、それらしき姿はない。
(イデ!!)という声と、ドアが何かにぶつかったような音がした気がするが、生憎自分の心臓の音が大きすぎたのと、焦りで気にしていられない。

「嘘、でしょ…いない?」

こうしちゃいられない、早く逃げなくては、と入り口を振り向くが、ちょうど先ほどの怪異が顔を覗かせたところであった。
(ミィィツゥケタァァア)と言いながら、ニタァと気色の悪い笑顔らしきものを浮かべている。
もう窓を割って飛び降りるしか、と覚悟を決めようとするも、この1時間酷使した足が言うことを聞いてくれない上に、恐怖で足がすくむ。

どうしよう、どうしたらいい?
と考えつつも、先ほど返答があったはずなのに出てきてくれなかった花子に怒りの矛先が向く。

「何よ!トイレの花子さんて有名だからすごいのかなとか思った私がバカみたい!返事したなら出てきてよ!揶揄わないで!お願い聞いてくれるんじゃないの?寿命とか身体以外ならなんだってあげるのに!こいつが怖いの?同じ怪異なのに?あーもうやだ!死んだら呪ってやるんだからね!!」

どんどん近づいてくる怪異に恐怖がピークに達し、わあわあと口から花子さんへの呪いの言葉が溢れてくる。そんな自分に驚き、愕然とする。
勝手に期待して、勝手に失望して。自分1人では解決できないからと助けを求めたくせに、手を差し伸べられなかったら呪いの言葉を投げかける。こんな最低なやつには、なりたくなかったはずなのにな、と自嘲気味に笑った。

そして、怪異の手が私に伸ばされた、その時。
それは私の前に颯爽と現れた。

(いきなり勢いよくドアを開けて俺の鼻を強打しておいて、呪ってやるは酷くない?)

もうダメかもと諦め、閉じかけていた目を見開く。
するとそこには、黒い学ランに黒い学生帽、帽子から覗く黒い髪、そして靴に至るまで全身黒に包まれた少年が、黒いマントをはためかせて私に背を向け立っていた。
右手に持つ鋭い包丁を真っ直ぐに怪異に向け、左腕はまるで私を守るかのように広げられている。

(この子は俺の客人だ。傷付けることは、許さない。)

そこからは一瞬だった。
急に現れた少年に対し、怪異は奇声をあげて襲い掛かる。「危ない!」と私が叫んだ時には既に、怪異は一刀両断されていて、唖然とした私を残して消滅していった。正に光芒一線とはこのことだ、と惚けた頭で考える。

怪異が消えたその向こうに少年はいて、ピッと血振りのような所作をしながら、(全く、どこから紛れ込んだんだか…後で見廻ってくるかぁ。)と嘆いている。
そして包丁をしまうと、私の方を振り返り、ふわりと近づいてきた。
いつの間にか私は座り込んでいたようで、少年はしゃがみ込んで目線を合わせ、右手を差し伸べてきた。

(君、大丈夫?立てる?)

なぜだろう、先ほどあの怪異に問われたのと同じ言葉なのに、この少年のは、本当に私を心配してくれていると感じることができる。
うっすらと向こう側が透けて見えることから、この少年はこの世ならざるものであることは瞬時に分かった。

怪異も幽霊も地縛霊も、そういう類はお断り。
それでも、今目の前にいる彼は、確かに私のヒーローだ。
自分を守ってくれたその手に、私もゆっくりと右手を伸ばす。



(俺が七不思議が7番目、トイレの花子さんだよ。君の望みは?)
「…私は、中等部1年、幸田真奈。…花子さん、私に護身術を教えてください!」



(…へ?)と、呆気に取られた顔をする彼に、これから良いことが起こりそうだ、と声を上げて笑った。




人生は曇りのち晴れ
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