小説 | ナノ
第四話___光___



大切な思い出を思い出し、私はボーッとあんなこともあった、こんなこともあった、と色々と思い出していた。
本当に時が止まったかのようにその場から動かない私を現実に引き戻したのは、前世から変わらない、大切な人の声だった。


「お祖母様!先程稽古が終わりました!客間に荷物がありましたが、誰かいらしているのですか?」


いつの間にか、剣道場から聞こえていた声がなくなっている。静寂の中ただ佇んでいた私の耳に、その声はよく響いてきた。

その声が耳に届いた瞬間、急速に私の時間は動き出した。

あの声の主は私の夫だ。間違いない。
前世での別れのときまで、毎日のように聞いていた声と同じ。
あの人が私を置いていってから、何度も何度も思い出していた声と同じ。
明るく、優しく、いつでも私を照らし続けてくれた、私の光。

気付けば、弾かれたように部屋を走り出ていた。
裾が乱れようが関係ない。
せっかく綺麗に結えた髪が崩れようと関係ない。


どうかもう一度。
もう一度だけでいいから、声を聴かせて。
もう一度、私の名前を呼んで欲しい。
その両腕で私を抱きしめて欲しい。
叶うことは二度とないと分かっていた。それでも尽きない願いに、焦がれる想いを抱え、あの人のように、心を燃やして生き抜いた。


前世で死ぬまで想い続けたあの人がいる。
私は思い出したが、あの人が覚えているとは限らない。だが、そんなことはどうでもいいことだ。
覚えてなくとも、私はあの人を愛している。何度だって惚れさせてみせる。

前世のときとは少し違い、建て替えられたことが分かる台所近辺。文明の利器を取り入れたのだろう。
それでも私は迷わない。場所は分かっている。
この扉の向こう、かつてと同じ場所にある台所に、あの人はいる。

走る速度はそのままに、私は扉を開いた。

________


物心ついた頃から、自分には世間一般にいう前世の記憶というものがあった。


前世の自分は、鬼狩りとして戦いの日々を送っていた。お館様の下、鬼殺隊の一員として、命を、心を燃やした。

母が亡くなってから、酒に溺れ、剣を捨ててしまった元炎柱の父。

お前には才能がない。
お前なんぞが柱になどなれるか。

何度も何度も、言い聞かすかのように言われた言葉。
父からの言葉に、何も思わなかったわけではない。
だが、俺には弟が、支えてくれる妻が、そして、守るべき二人の子どもたちがいた。

だから俺は、母との約束を守ることができた。


やがて俺は、尊敬し、目標としていた、柱であった父と同じ立場となった。
父は認めてはくれなかったが、俺の責務を全うするため、なにより愛する家族のため、鬼殺を続けた。
しかし、十二鬼月である上弦の参に敗れ、朝日が昇るとともに、20年という短い生涯を閉じた。

人生100年時代と言われている現代からすれば、自分はなんと早い死を迎えたのだろうと思ったりもする。だが、何度思い返しても、あの時とった行動に悔いはない。


ただ、一つだけ。
一つだけ、胸の内に隠して、気付かぬふりをし続けた未練がある。

自分の妻と子どもたちを遺してしまったことだ。



妻は、幼い頃から許嫁として我が家でともに過ごしていた。俺が炎柱となった後、初めて会った時から変わらぬ気持ちを伝え、祝言をあげた。
この命が続く限り、そばで守ると約束した。
2人の子宝に恵まれ、幸せであった。
しかし、幸せであると同時に、3人を置いていってしまうかもしれない、という恐怖も感じていた。

自分は鬼を滅するもの。
この命は、弱き人を守るためにある。
「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です」
生前の母からの教えを、ずっと自分に言い聞かせ、心を燃やして生きていた。

いつ散るかもわからぬ自身よりも、もっと良い人がいるのではないか。
残してしまう可能性があるのに、娶ってもよいものか。
随分と悩み、妻が3人もいる同僚に助言を求めたりもした。

そして、悩みに悩んだ末、妻が自分以外の男と結ばれるなどと考えたくなかったため、甲の階級に上がると同時に、妻に求婚した。
残してしまったとき、自分の存在がきっと縛ってしまうと伝えたら、「私は元より、あなた以外に嫁ぐ気はございません」と笑っていた。

そんな愛しい存在を、自分が守り、育てなければならなかった宝を、遺してしまった。
死が迫った時、3人の顔が浮かんだ。
不甲斐ない父ですまない。まだ幼い子どもたちを遺し、君に全てを託してしまう無責任な夫ですまない。
必ず帰ると、言って出てきたのにな…
母の言葉を聴いて安堵したとともに、閉じたまぶたの裏に浮かんだのは、自らの命よりも大事な、愛しい存在たちであった。


自分には、20年分の記憶がある。
そして、記憶があるのは自分だけではないことを、小学校に上がった時に知った。
前世の同僚を始め、お館様や知り合いと次々と再会した。

俺は嬉しかった。きっと妻とも会えると思った。
しかし、俺は大学生になった今も、彼女とは会えていない。
両親と弟にも、記憶があることが分かったのに。

俺は大学に入り、自分の行動に責任を持てるようになってから、妻を探すと決めていた。
大学に入る前に出会えればよし。
そうでなければ、前世の同僚の元忍に手を貸してもらって探そうと、ずっと前から決めていた。

そうして、ようやく俺は探し出した。
彼女は、妻は、前世と変わらない容姿、同じ名前で存在していた。

年齢は23歳。俺より三つ上だ。
前世では同い年であったが、なんの因果か、彼女よりも年下となってしまった。
そして、高校生の頃から既に人気の作家である彼女は、大学を卒業した後、本格的に小説家としての活動を始めた。
彼女の作品で特徴的なのは、ファン層が厚いこと。
マンガ化、アニメ化、映画化されたものもあり、幅広い年齢のファンがいる。

そんな中、俺が何より気になったのは、彼女の偽名である。

彼女の著者名は『鬼狩(おにがり)杏炎(きょうえん)』

初めは、女であることを隠すために男らしい名前にしたのかと思った。
だが、鬼狩≠ノ、俺の名前の一文字である杏=Aさらに、炎の呼吸の炎≠ェ使われていることから、彼女にも記憶があるのか、と少し期待してしまった。

俺は、出版されたものを読んだり、ファンレターを書いてみたりもした。
しかし、こんなことをしていても、妻には会えない。
彼女は今や人気作家。さすがに住所を特定するなどの犯罪紛いのことはできなかった。

だが、もしも、会えない間に妻に好きな人ができて、結婚してしまったらと思うと、ゾッとした。


彼女は俺の光だ。
前世において、妻として生前も死後も俺に尽くしてくれた、愛しい人。
彼女の笑顔を思えば、大抵のことは乗り越えられた。
挫けそうな時、この胸に宿る炎が小さくなった時、寄り添い、支え続けてくれた。
妻がいたからこそ、俺は前世で、強く生まれたものとしての務めを果たすことができた。

妻の笑顔が見たい。会いたい。

自分の記憶が前世のものだと気付いた俺は、かつて俺と妻が使っていた部屋を自分の部屋とした。
そこで寝起きして、彼女に自分が贈った櫛や着物を眺めては会えない妻への想いを募らせていた。


そして今日、俺は、前世で死んだ年になる。
20歳を超えれば、今世では酒が飲めるなど、一人前として判断される年だ。
これで、いつでも妻を迎えることができる。
祖父母や両親、弟からはまだかまだかとせっつかれる。今世では会ったこともないはずなのに、妻は既に人気者である。

準備は整った。
後はどのようにして彼女と会うかだ。

なんとかして会えないか。いっそのこと彼女の出版社に就職するか。
そんなことを考えながら稽古をしていたためか、父に集中出来ていないと怒られてしまった。
いつもなら、例え妻のことだとしても、稽古中に考え事をすることはなかった。
今日はやけに彼女のことを考えてしまう。
それが何故なのかを深く考える間もなく、本日の稽古が終了した。
後々あれは虫の知らせというやつか!と笑い話として思い出すことになる。

稽古が終わり、門下生や前世の同僚たちを見送った後、自分たちも家に帰ろうと庭を通っていた時、客室の障子が開いており、知らない鞄が置いてあるのに気付いた。
父と弟と、お客が来たのか、そんな話は聞いていないぞ、これはお祖母様に聞くしかあるまい、と話をした。
玄関から入り、父はそのまま風呂場へ直行したため、俺と弟で物音のする台所へ向かった。
台所にはお祖母様しかいなかったため、お客人はお手洗いか何かかと判断した。
そして、お祖母様に稽古が終わったことを伝え、お客が来ているのかを尋ねた。

するとお祖母様はにっこりと、妻に似た笑顔を浮かべて「待ち人来たる」と一言仰った。
待ち人?お祖母様は誰かを待っていたのか?と疑問に思っていると、自分の部屋の辺りから物音がし、勢いよく襖を開けた音がしたと思いきや、こちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
何事か、これは客人か?何故俺の部屋に?とお祖母様を見ても笑顔のまま頷かれ、とりあえず強盗の類ではないだろうことは分かった。
まあ、もしそうだとしても撃退するからいいか、と廊下につながる、今まさに足音の犯人が向かってきている扉を見つめた。


薄暗い廊下から勢いよく飛び込んできたのは、焦がれてやまない、俺の光だった。


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