小説 | ナノ
第二話___お屋敷___



とうとうおばあさんの家に着いてしまった。
着いたのはいいが、おばあさんの家はとんでもなく大きかった。
敷地内に道場があったりと、とにかく大きい。道場からはたくさんの人の声が聞こえていて、鍛錬中なのだと分かる。

まさかこんな家だとは思っていなかったため、緊張でガチガチになってしまう。
作法は大丈夫かと心配になりつつ、お邪魔させていただく。

「さあさあ、今お茶を入れてきますからね。我が家と思って寛いでちょうだい」
「お気遣いありがとうございます」

客間と思われる和室に通され、おばあさんを待つ。
その間、私は不思議な既視感を感じていた。

このお屋敷、庭、玄関、廊下…
似ているのだ。あまりにも。
私がお屋敷と聞いた時に、いつも想像していたものに。

大体のお屋敷が同じような造りをしているわけではない。しかもこのお屋敷はかなり古いものだ。道場は新しい感じはするが、お屋敷自体は築100年近いと思われる。

縁側から見える庭も、何もかもが想像通りで、懐かしい気持ちになる。


『帰ってきた。
 私はここに帰りたかった。

 あの人と、共に___ 』


知らない家のはずなのに。
今まで良い人なんていたことなかったのに。
なぜ、こんな気持ちになるのか。
私はなぜこんなにも、泣きそうになっているのか。
自分の気持ちについていけず、混乱していたところに、おばあさんが2人分のお茶を持って現れた。

「お待たせしてしまってごめんなさいね」
「っ!あ、全然大丈夫です!ありがとうございます」

おばあさんは私の表情を見て少し目を見開いたかと思うと、すぐににっこりと微笑んで、ちゃぶ台にお茶とお茶請けを綺麗な所作で置いてから、私の向かいの座布団に座った。

「すみません、ありがとうございます。いきなりお邪魔させていただいたのに、お茶までいただいてしまって」
「いいのよ、気になさらないで。私がお誘いしたのだから」

おばあさんは「温かいうちにどうぞ」と私に勧めながら、自分のお茶をゆっくりと飲んだ。
それを見て、私もお茶を頂くことにしたが、持ってみて意外と熱いことに気付き、もう少し冷まそうと手を止めた。

「あら、ほうじ茶はお嫌いだったかしら?」
「あ、いいえ。ほうじ茶は大好きなんですけど、少々猫舌なもので。もう少し冷ましてから頂きます」
「まあ、そうだったのね。なら、先にお菓子から召し上がって下さいな。たくさんありますから」

おばあさんはそう言って、お茶請けに出してくれた饅頭を私のほうに寄せた。
ありがたく頂戴し、お礼を言って包みを開け、一口齧った。

「っ!…これは、おいも…?」

中には普通の餡子が入っていると思いきや、さつまいもの餡が入っていた。「そうなのよ。孫が好きでね、いつも切らさないように置いてあるのよ」とおばあさんは微笑んだ。
幸せそうな笑顔に私も嬉しくなった。

「孫は2人居るんだけどね、丁度今は稽古中で。隣の剣道場で、師範をしている息子や門下生たちと一緒に汗まみれになってるわ」
「あちらの道場は剣道場だったんですね!私も剣道をしているんですよ」
「まあ!そうだったのね!それなら是非、後で会ってやって下さいな。きっと喜ぶわ」

是非、とか喜ぶ、とか言われてしまうと、断れなくなってしまう私は、そこまで長居をする予定ではなかったのに、この瞬間、長居が決定した。

「お孫さんたちはおいくつなんですか?」
「弟のほうはね、今年12歳になる小学六年生よ。お兄ちゃんのほうは大学生でね、丁度今日20歳の誕生日なのよ〜」
「わあ!それはおめでとうございます!では、今日はお祝いですね!」
「そうなの!今息子の嫁がじい様と一緒に買い物に出かけているところなの」

にこにこと嬉しそうにお話をされるおばあさん。本当に今、家に話し相手がいなかったようだ。
それにしても、櫛が欠けたことに始まり、お孫さんが誕生日だなんて、偶然は重なるものだな、とその時は呑気に考えていた。

「そうだ!あなたも一緒にどうかしら?私と義娘で、腕によりをかけて作るわ!」
「いやいや、そんな!お茶やお孫さんの好きなお饅頭までいただいてしまったのに、誕生日なんて特別な日に、他人が居座るなんて失礼なことできません!どうぞ家族水入らずで楽しいひと時をお過ごし下さい!」
「まあ、他人だなんて寂しいことを言わないで。私たち、もう茶飲み友だちでしょう?」
「え!あ、光栄です!」
「それに、あなたはきっと、あの子と仲良くなると思うの。だから、きっとあの子から誘ってくるわ」

あの子、とは、言わずもがな大学生のお兄さんのほうだろう。
孫のことはよく分かっているということか、経験による憶測かはわからない。しかし、楽しげに言われてしまえば、そうなのかもしれないと思い始めてしまう不思議な現象が起きた。

「…わかりました。では、お言葉に甘えさせていただいて、お兄さんのほうからお誘いがあれば、是非参加させて下さい」
「ええ、ええ!みんな喜ぶわ!」

とても嬉しそうにおばあさんは快諾してくれた。お兄さんが喜んでくれるだろうことは話の流れから推測できたが、なぜみんな、なのだろうか?わいわいするのが好きなご家族なのだろうか?

「では、準備などのお手伝いをさせていただきますね!」
「あら、いいの?ありがとう!あの子たくさん食べるから、手伝ってもらえると助かるわ!」
「美味しいって言ってもらえるように頑張ります!」

おばあさんは「あの子はおいもが好きだから、色々な芋料理を作るのよ」と教えてくれた。
そんなにおいもが好きなのか、と驚きつつ、私は、そのおいも好きな3歳下の少年に早く会いたいと思うようになっていた。


その時だった。
視界の片隅、広い庭の中心で、煙の出ている落ち葉を囲んで焼き芋を頬張り、嬉しそうに笑う兄弟の姿が見えた気がした。


私はパッと庭の方を向いた。
しかし、そこには変わらず美しい庭があり、落ち葉の山も、兄弟の姿もなかった。
それはまるで、夜闇の中に炎が爆ぜたかのような、一瞬の光景であった。しかし、何故だかあの幸せな空間は、私の心に焼き付いた。

今のはなんだったのだろう、と首を傾げつつ、芋を頬張る兄弟の兄のほうが発した言葉を、無意識のうちに小さく声に出していた。

「…わっしょい…」

お祭りのときの掛け声をなぜ、と思っていたら、おばあさんに何か言ったか?という表情で首を傾げられてしまった。

まさか声に出ていたとは思わず、少し焦る。
私は慌てて湯呑みに手を伸ばし、先程よりも冷めたほうじ茶を、焦りと共に飲み込んだ。


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