小説 | ナノ


「行くよぴーちゃん!急がなくっちゃ!」
「ピカッチュウ!」

これまでの道のりも大変だったが、ここトキワシティでも、変装していたのにピカチュウを連れているだけで目立ってしまい、結局はバレてもみくちゃにされて足止めをくらっていた。
バトルを挑まれたり握手を求められたりと、まるで有名芸能人のような扱いを受けることとなった原因はもちろん、ポケモンワールドチャンピオンシップスで優勝したことだろう。

家族が有名になるのを嫌がっていた理由は知っていたけれど、どこか他人事に思っていた。
しかし、いざ自分が有名になると、周りからの扱いの変化に勘弁してくれとウンザリしてしまう。



何はともあれ、群がってくる人々を撒いて、ようやく故郷に向けて出発することができて、一安心だ。

だが、既に日は登っていて、もうサトシは初めてのポケモンを受け取って出発してしまったのではないかと不安に思う。
飛行タイプの仲間たちに先に行って、近くを探してもらうように頼んだ。
元気よく飛んでいくみんなを見送り、私はぴーちゃんと共に、マサラタウンまで続く道を寄り道せずに走って進む。

どうかサトシが、去年あげたモンスターボール型目覚まし時計を寝ぼけてぶん投げて壊して、寝坊していますように…!

最近人の目を気にし過ぎて、精神的に疲弊していて心が荒んでいたからか、サトシに対して大変失礼なことを願ってしまった。

しかし、まさか本当に寝坊しているとは、この時の私は、思ってもみなかったのである。


________



だんだんと雲行きが怪しくなってきた頃、一度立ち止まって雨具を出しておこうかと思いながら空を見上げたら、すばちゃんことオオスバメが慌てた様子で飛んでくるのが見えた。
サトシの身に何かあったのではないかと、サーっと血の気が引いていく。

胸騒ぎがして、嫌な予感が脳裏をよぎる。
最悪な想像を頭を振って払いのけ、走るスピードを上げてすばちゃんと距離を縮めると、一旦止まって羽を休める余裕すらないのか、私たちの背後に回って自らの背中に掬い上げ、勢いよく飛び出した。

サトシは先ずトキワシティへ向かうと踏んでいたのに、すばちゃんの進む方向は、マサラタウンからトキワシティへ向かう道とはかなりズレていた。

まるで今の私の心境を表すかのように、稲光が空を走り、雨が降り出す。
リュックから雨具を出す余裕すらなく、辺りを見渡してサトシの姿を探していると、雨で視界の悪い中、すばちゃんが何かに気付き、大きく進路を変えた。
サンバイザーでなんとか雨を凌ぎながら前方を注視すると、多くの鳥ポケモンが集まって飛び交っている異常な様子の場所がある。

「すばちゃん、全速力で突っ込んで!ぴーちゃん、近付いたらかみなりよ!」

誰かが、もしかしたらサトシが、あそこで襲われているかもしれない。
よく見たらオニスズメたちで、群れが一斉に大きく旋回し崖下に向かって狙いを定めたのが分かり、ハッと息を呑んだ時、ぴーちゃんが肩から飛び降りてすばちゃんの背中を踏み台に大きくジャンプした。

「ぴーちゃん…!いけ、かみなり!!」
「「ピィィカァーヂューーー!!!」」

ぴーちゃんの声が重なって聞こえた気がしたが、先ずは落ちていくぴーちゃんをすばちゃんの背中でキャッチする。
勢いそのままにオニスズメたちが逃げていく中に突っ込んで、ようやく崖下の状態が目に入った。
そこに倒れる人影を認識した瞬間、私の全ての時間が止まった気がした。


「さーくん!!!」


地面に降りるため低空飛行を始めたすばちゃんの背中にぴーちゃんを託し、無我夢中で飛び降りる。
脇目も振らずに駆け寄ろうとしたが、先程のかみなりの威力で雨雲が消え始めてはいたものの、ぬかるんだ地面に足を取られて何度か転けそうになる。

なんとか転ばずにサトシのところまで辿り着き、恐る恐る抱え上げて呼びかけるも、返答がなく、その目は閉じたままで…
今まで降っていた雨のせいか、冷え切った身体が、私に最悪の状況を突きつけてくる。
呼吸が浅くなり、目の前が暗くなっていく感覚に襲われるが、とにかく大きく息を吐く。

先程のかみなりに当たっての心停止なら、一刻も早い心臓マッサージと人工呼吸をしなければ、いや、その前に呼吸と脈拍があるのかを確認すべきだ。
今まで培った知識も、技術も、今こそ役に立てなければ、何のために身に付けたのか、分からないじゃないか…!


しっかりしろよ!私!!


でも…手が震えて、大事な人を失うかもしれないという恐怖で頭が真っ白になりそうになった時、背中にベシッと2つの衝撃を感じた。
ハッとして振り向くと、そこにはぴーちゃんとすばちゃんがいて、私の背中にそれぞれの手を置き、心配そうにこちらを見ていた。
2匹を見て、胸に下げているサトシから貰ったペンダントトップを握り、心を落ち着かせる。


落ち着け…落ち着け、私
さーくんなら、絶対に大丈夫
私なら、絶対に助けることができる
何があっても必ず、救ってみせる


一旦深呼吸して、状況を再度冷静に分析し、サトシの手当を開始した。
幸いなことに、呼吸も心臓も止まってはいなかった。
ただ、オニスズメに攻撃されたのか、ボロボロになって傷だらけであったため、汚れを拭き取り、傷口を消毒してキズパワーパッドという最新の絆創膏を貼り付けていく。

命に別状はない様子に、ホッと胸を撫で下ろした。



そして、隣に倒れているピカチュウと、近くに落ちている雷マークのついたモンスターボールを見て、もしやこのピカチュウはサトシの初めての仲間なのではないかと検討をつけ、続いて手当をする。

そういえば、ぴーちゃんの声が二重に聞こえたのは、このピカチュウの声だったんじゃ…

なんて考えが頭に浮かんだが、サトシよりも容態の悪い様子のピカチュウに、頭を振って邪念を取り除く。
雨と泥をタオルで拭ってから、自家製のすごい傷薬を吹きかけ、ポケモン相手ならポケモンだと、ハピナスに出てきてもらう。

「はぴちゃん、いやしのはどうお願い」
「ピロッピロー!」

瀕死に近かったピカチュウがだいぶ回復したため、はぴちゃんにお礼を言ってから戻ってもらう。
2人ともボロボロで、しばらく起きないだろう。
リュックから寝袋を取り出してその上に寝かせた。


________



ひとまず、この場でできる手当ては終了したため、まだ探してくれているであろう仲間たちをすばちゃんに呼んできてもらうことにした。

戻ってきた仲間たちを労ってから見張りを交代し、私とぴーちゃんは近くの川へと水を汲みに行く。
頭に濡れたタオルを置けば気持ちいいし、顔を拭いたら気分もスッキリするだろう。

ぴーちゃんと途中に生えていた木の実を摘んでから戻っていると、崖の上にみんなが集まってコソコソとしていた。
何事かとぴーちゃんと顔を見合わせてから、小走りでみんなに近付いていく。

「みんなー?どうし…ぇ?」

私たちに気付いたみんなが、口々に小さな声で何かを訴えてくるため、私も声量を下げて聞き返すが、一斉に話されては分かるものも分からない。
頭にハテナを飛ばしていると、先に状況を理解して崖下を覗いていたぴーちゃんが手招きしたため、そちらに向かう。
チョンチョンと下を見るようにジェスチャーで伝えてきて、まさかもう起きたのかと覗いてみる。

すると下では、ピカチュウが目を覚ましていた。
ピカチュウは自分の身体の状態を不思議に思ったのか小首を傾げたが、すぐに目の前で倒れているサトシに気付いて心配そうにしている。

出ていって説明すべきか、いやでも、ピカチュウは人馴れしていないかもしれないし、ここはぴーちゃんの出番か!?と慌てていると、雲が晴れて夕焼け空があたり一面に広がり、さらには、大きな虹が姿を現した。
綺麗だなと見惚れ、この景色を共有したいなと思って下を向くと、ちょうどサトシが身じろぎ、ようやくその目を開けた。


「ピカピ」


その声を聞いて、今は出ていくべきではないと判断し、すぐにでも飛び出しそうなみんなを止める。
2人は今日出会ったばかりで、オニスズメに攻撃されたりと大変な思いもしたが、きっと先ほどの出来事によって、絆で結ばれたのだろう。

2人が抱き合う様子を見て、良いコンビになりそうだなと微笑ましく思ったその時、威厳溢れる雄叫びが響き渡った。
空を見上げると、神々しいポケモンが姿を現し、赤く染まった大空を、悠々と羽ばたいている。
その美しく雄大な姿に、目で追うしかできず、虹の向こうへと飛び去っていくのを呆然と見ていると、下からサトシたちの声が聞こえてきた。

「ピカチュウ、いつか一緒に、あいつに会いに行こうぜ!」
「ピィカチュウ!」

いつの間にか虹色に輝く羽根を持って意気込んでいる2人を見て、仲良くなれたんだな、と我が事のように嬉しく思う。
そういえばあの羽根、どこかで見たような…。

「あっ、俺の帽子!…それにしても、この手当てをしてくれたのは誰だ?寝袋まで…ん?」
「ピィカ?」
「チャア」

お、ついに私の出番かな!
見つからないように崖から少し離れて、と。

さて、どうやって驚かそうか。
このまま飛び出すのもアリだし、偶然を装ってからの暴露でもアリだし、迷うなぁー。
なんて考えていると、いつの間にかぴーちゃんがいなくなっていて、あれ、どこへ行った?なんて思った直後、背後から何者かに抱きつかれて、文字通り心臓が止まった。
本日2度目である。

「…だーれだっ!」
「さ、さーくん!?な、なんで…」
「へへっ、ぴーちゃんが来て教えてくれたんだ!真奈がここにいるって!」
「ぴーちゃん…」

サトシの横でニヨっとした笑みを浮かべるぴーちゃんに、開いた口が塞がらない。
もしやさっきのチャアって、ぴーちゃんだったのか!?どう登場しようかとか、どんな顔をしてくれるかなとか、楽しみにしてたのにー!
驚きとショックで震えていると、サトシがちょこんと横に座って、嬉しそうに笑った。

「真奈はサプライズとか大好きだもんな!今回も俺を驚かそうとしてたんだろー?」
「うぅ…逆に驚かされてしまった…」
「あははっ!でもまあ、確かに驚いたけど…それ以上にさ、俺に会いに来てくれて嬉しいよ!だから、多分期待通りの反応は出来なかったと思うな」
「そ、そっか…えへへ、そっか!私も、さーくんに会えて、とっても嬉しい!」

理想の登場シーンではなかったけれど、私にはまだ、とっておきの秘密が残っている。
さあ、サトシは今から伝える内容を聞いても、驚かずにいられるかな?
今度こそ、サプライズを成功させてやる!

「フッフッフ…さーくんや」
「ん?なに?」
「ちょっとお耳を拝借」
「え?おわっ、ちょっ!近いって!」

内緒話をしようと近付いたことで赤くなったほっぺたを見て、抱きついたりとか手を繋ぐのは平気なのに、変なところで照れるのは変わらないなぁと、可愛く思う。
動揺しているところ悪いとは思うが、その心臓が落ち着く前に爆弾発言をかましてやることにする。

「あのね、一つ、お願いがあるの」
「う、うん…」
「さーくんの夢を叶える旅にね…」

恐る恐るといった様子でギュッと目を瞑って聞いているサトシを見て、別に怖い話とか、怒るとかじゃないのにと思って、真横から正面に移動してその強張った顔を両手で包み込む。
パチっと目を開け、キョトンと私を見上げるサトシに、にっこり笑ってこう告げた。


「私も、一緒に連れてって」


私の衝撃発言を真正面から受け止めたサトシは、ただでさえ大きな瞳を、こぼれ落ちんばかりに見開いて固まってしまった。
いたずら心が膨らみ、そのもちもちのほっぺたをムニムニとしてみても、全くの無反応。
そんなに驚く内容だったかな…それとも、私が一緒じゃあ、ダメなのかな、なんて不安な気持ちが湧いてきて、拒絶されるのが怖くなった。

なーんてね!と、この話を無かったことにしようと息を吸った時、突然サトシが抱きついてきて、不意打ちだったから支えきれずに後ろに倒れ込んだ。
辛うじてサトシの頭を抱えて衝撃が伝わらないように守れたが、念の為大丈夫かどうか聞こうとした直後、ガバッと勢いよく顔を上げるから、驚いて言葉が詰まった。

「びっ、くりしたぁ…さーく、」
「本当に!?」
「っえ?」
「本当に、俺と一緒にいてくれるの!?」
「…うん。さーくんが嫌がらない限り、一緒にいさせてくれる?」
「嫌がったりしないさ!」

サトシは満面の笑みで再び抱きついてきた。
喜んでくれたみたい、良かった…受け入れてもらえたことに安堵する。
照れ隠しにサトシの頭をわしゃわしゃと撫でて、抱きついた衝撃で落ちた帽子を被せた。

「ありがとね、さーくん!」
「へへっ!俺たち、これからずっと一緒だ!」

ずっと…ね。
この子はたまに、超ド天然な発言をかましてくるから油断ならない。
この場合の“ずっと”は、下手をすると“一生”とも取れてしまうものなのだから、心臓に悪いので切実にやめて欲しい。

「うん、よく分かった。さーくんの天然タラシは、たったの3年じゃあ直らなかったということだね…これから大変そうだなぁ(主に私の精神が)」
「だーかーらー!前から言ってるけど、俺は天然タラシなんかじゃないって!」
「うんうん、そうだねぇ」
「もぉー!信じてないだろ!…そういう真奈こそ、俺、待っててって言ったのに、ックシュ!」
「大変!早くトキワシティに行かないと!さーくんは今すぐその服を着替えて。それから…」
「ピイピ!」
「ぴーちゃん!あら、ピカチュウも!寝袋持ってきてくれたの?ありがとう!」
「ピカ!」

2匹の頭を撫でながらお礼を伝える。
サトシのピカチュウは人馴れしていないと思っていたが、私の撫でる手を受け入れて笑顔まで見せてくれた。
これから一緒に旅をする仲間として、認めてもらえたのかと嬉しく思う。



濡れた地面にそのまま敷いたため、泥が付着している寝袋を軽く振って、他のものに汚れが移らないように袋に入れてからリュックにしまう。
そして、先程取ってきた水は捨てて、木の実だけリュックに詰め込んだ。

話しが途中だったからか、サトシは少し不満気な顔をしながら着替えている。
終わったらすぐに発てるようにかげちゃんに頼んで、他のみんなはモンスターボールに戻ってもらったところで、「着替え終わったよ」と声をかけられた。
振り向いてサトシの服を見た瞬間、唖然としてしまい、数秒思考が停止した。

「…って、え!?なんで半袖なんて着てるの!?…ほら、風邪引く前にこれ着て!」
「わっ!?あ、これモフモフであったかいね!」

実はこの服、ラッキーなりきり衣装で、前にコンテストで着るためにと、自分でオーダーメイドした特注品なのだ。

この服は、肌触りの良いフェイクファーで全体が覆われているため、とってもモフモフで気持ちいいし、お腹のところには大きなポケットがあって、そこに色んなものを入れられるから、気に入ってよく部屋着として着ている。

今は、そのポケットにピカチュウを入れておけば、2人とも冷えずに街まで行けるだろう。
…それにしても、薄ピンク色の女の子用の服まで似合ってしまうなんて、ハナコさんの遺伝子を色濃く受け継いだおかげだろうなぁ。
恐ろしい子…!なんてね。

「全く、もぉ。ちょっと荷物見せて?…やっぱり、半袖しか入ってないじゃない!傘もないし。って、あれ?なんでゴム手袋なんて入ってんの?」
「え?あぁ、それはママが入れたんだよ。最初は役に立ったけど…今はもう、必要ないよな?ピカチュウ!」
「ピーカ!」
「あぁ、ゴムは電気を通さないもんね…って、こんなこと話してる場合じゃなかった!ほら、急いでかげちゃんに乗って!さーくんは病院、ピカチュウはポケモンセンターで、きちんと診てもらわなきゃなんだから!」

ピカチュウを抱いたサトシの背中を押してかげちゃんに乗せると、慌てた様子で振り返るから、どうかしたのかと尋ねる。

「待って!俺、この手当てしてくれた人にお礼言ってないんだ!」
「へ?あぁ、そういえば言ってなかったね。それ、私だから気にしなくて良いよー」
「そうなの!?ありがとう!全然痛くないや…やっぱり真奈はすごいな!」
「ピィピ、ピーカチュ!」
「ふふ、どういたしまして。こういう時のために、この3年間努力してきたからね!…さて、ほら行くよ!かげちゃん、2人をお願いね?」

かげちゃんがしっかりと頷き、力強く空へと舞い上がったのを見届けてから、肩に飛び乗ってきたぴーちゃんと共にすばちゃんの背に乗って追いかける。
後ろから「あー!私の自転車がー!」と叫び声が聞こえて振り向いたが、声の主が見当たらず、病院が閉まる時間に間に合わせないといけないため、道案内に集中することにした。

「真奈ー!俺たち、空を飛んでるー!すっげー気持ちいいなー!」
「チャアー!」
「ちょっと!?こら、2人とも!危ないからしっかりかげちゃんに捕まってなさい!」
「ピーカァ!」

はしゃぎすぎてかげちゃんから転げ落ちないか心配で隣を飛びながら、途中トキワシティのジュンサーさんに手を振って、ポケモンセンターまでの道のりを空から一気に突き進む。

旅立ちの日からポケモンに乗せてもらって、空を飛んで進むなんて反則だって?
そんなの、2人が怪我をしている今は緊急事態だから、関係ないもんね。



兎にも角にも、私たちの長く、光に満ち溢れた旅は、こうしてスタートを切った。
ここから、全ての物語が始まる。


________



ポケットモンスター 縮めてポケモン

この星の不思議な不思議な生き物
空に、海に、森に、街に、世界中の至る所でその姿を見ることができる

人とポケモンはさまざまな絆を結び
この世界の中で、仲良く暮らしていた

“世界一のポケモンマスターになる”という見果てぬ夢を追い
風の吹くまま、気の向くまま、冒険を続けるサトシとピカチュウ

その隣にはいつも、女の子のピカチュウを連れた、ある女の子の姿があった



ポケモンの数だけの夢があり
ポケモンの数だけの冒険が待っている

私たちの旅は、まだまだ続いていく


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虹色の羽が導く、今とは違う、はじまりの物語
それについては、またの機会にお話ししましょう

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