小説 | ナノ

耳を触った時は反応なかったのに、なんで突然目覚めた?名前を呼んだから?などと疑問が湧いてくるが、そんなことはどうでもいいと感じるほど、これまでの人生で見たことのない綺麗な金色の瞳に見入っていた。
彼は私をその瞳に映した後、少しの間キョトンとした表情だったが、すぐに眉間に皺を寄せ睨みつけてきた。

「へっ!残念ながらてめぇの矢ごときじゃ俺は殺せなかったようだなぁ?桔梗さんよぉ!」
「えっ!今、桔梗って…何故、その名前を知っているんですか?」

初対面のはずなのに、私を前世の名前で呼んだため、純粋な疑問をぶつける。
すると、「はぁ?」と言いながら、頭おかしいんじゃねぇのコイツというような顔をしてきたため、少しムッとしながらも、とりあえず自己紹介をすることにした。

「私の名前は真奈。桔梗は私の前世の名前です。あ、もしかしてあなた、前世で会ったことが…?いやでも、記憶の中では見たことがないはず…」
「……は?おい、ちょっと待て、何を言って…っ!」
「あなたみたいな人、一度見たら絶対忘れないわ。だってこんなに綺麗な人、私初めて見たもの」

先程引っ込めた右手で目の前の彼の頬に触れて、じっと見つめてみるが、やはり朧げな記憶の中からは、この人を見つけ出すことはできそうにない。
私の手を振り払おうともせず、目を見開いて私を凝視していた彼が、心底戸惑ったように話しかけてくる。

「桔梗じゃ…ない、だと?前世…?は?(こんな鼻持ちならねぇ匂いの女、桔梗しかいねぇと思ったが…よく見たら、変な格好だし、顔とか色々と…)」
「あ…いきなり触ってすみません。それに、突然前世とか言って、混乱するのも無理はないですよね。…でも、嘘じゃない、です」
「……確かに、桔梗はもっと賢そうだし…美人だ(コイツは…美人とはなんか、違う)」
「んなっ!」

自慢ではないが、私の母はかわいいし、その母に似た私も当然かわいい部類に入ると自分では思っている。
告白されたことだって、結構あるのだ。
まあ、自分でも桔梗は美人だと思っていたので、そこは素直に認めるし、許してやろう。だが、頭の出来まで比べられたことに、顔に笑顔を貼り付けて怒りをぶつける。

「はぁ…あなたって、黙っていれば賢そうに見えるのに、人の傷付くようなことを平気で言えてしまうような、最っ低な奴だったのね?」

私が怒っていることが伝わったのか、「ひっ」と情けない声を出しながら青い顔をして首をすくめたため、いくらか溜飲を下げることができた。
こんな奴を寛大な慈悲の心で弔ってやろうと考えていた自分が馬鹿みたいではないかと思い、ため息をつきながら、他にちゃんとした人間がいないか探しに行こうとした時、背後から草木をかき分ける音がして振り向く。
周囲に目を走らせると、離れたところに数人の人影を発見した。探す手間が省けてラッキーだと思い声をかけようとしたが、こちらに矢をつがえるのが見えて固まる。

「そこでなにをしている!」
「っあぶねぇ!」

数本の矢がこちらに飛んでくるのが分かるのに、身体が固まってしまって動くことができなかった。
しかし、グッと後ろから腕を引かれて、間一髪顔の横を矢が通り過ぎ、カカカッと音を立てて御神木に突き刺さる。
犬夜叉が助けてくれたことに驚く余裕もなく、初めて味わった死の恐怖に身体は小刻みに震え、後ろから回されている腕に捕まっていないと立っていられない状態となってしまった。

唖然としながら前を向くと、時代劇に出てくる村人のような格好をした男たちがいて、「ここは禁域じゃぞ!」「他国の者か!?」と近付いてくる。

「(コイツ、震えてる…こんな雑魚の矢が怖いのか?)…おい、しっかりしろよ」
「なっ!犬夜叉が…!」
「か、楓様に知らせねば!」

慌てて1人がどこかへ駆けて行き、残った者たちが再び弓を構えてこちらへ向けてくる。
違う、私は怪しいモノじゃない、ただの人間だと伝えたいのに、未だに命が脅かされたという事実に上手く言葉が出ず、はくはくと口が動くのみ。

「何者じゃ!妖怪の仲間か?」
「何故犬夜叉が目覚めている!?」

今生で一度も受けたことのない明確な敵意と殺気。
焦るほどに思考は纏まらず、ただ空回りしてしまい、相変わらず固まったままの私は、過酷な時代で生きた記憶があったとしても、すっかり平和ボケした普通の弱い人間でしかないのだと痛感した。


どうしよう、身体が上手く動かせない…
こんな訳のわからないところで、私は死ぬの?
嫌、死にたくない…早く何か答えないと…


「おぬしが犬夜叉の封印を解いたのだろう!?おのれ妖怪の仲間め!成敗してくれる!」
「ち、ちがっ!」

かろうじて否定するも、もう遅いと言わんばかりに私の心臓目掛けて放たれた矢に、今更為す術もなく。この現実から逃れるように、夢なら覚めてと願いながらギュッと目を瞑り、両腕で身体を抱き締めた。

「…おい、てめぇら。俺はこんな弱っちぃヤツの力なんざ借りてねぇぞ。この俺様自身の力で目覚めたんだ!」

いつになっても痛みがないため、犬夜叉の声に耳を傾けながらそっと目を開けてみると、緋い衣を纏った腕が矢を掴んでいて、その矢は私の胸に鏃が届く直前で止まっていた。
先程といい、今といい、2度も助けてくれた。
その事実に、口は悪いが根はいいやつなのかもしれないと、考えを改めることにした。

背後に敵はいない、私は1人じゃないと思うと、不思議と身体の震えが止まった。
その隙に気を取り直して弁明する。

「あの、驚かせてごめんなさい!実は私、日暮神社の巫女なのですが、うちの御神木とこの木がそっくりだったので、見に来ただけなんです。誓って怪しいモノではありません!」
「巫女様ですと!?なんということだ、そうとは知らず…わしらにゃ天罰が下るぞ」
「だが、本当に巫女様なのか?見たこともない変な服を着ていらっしゃるぞ…」
「あ、あの!天罰なんて下りません。犬夜叉が助けてくれましたし、私は大丈夫ですから…あっ」

ここで犬夜叉の名前を出したことがまずかったのか、誤解が解けるどころか、村人たちは私からさらに距離を取ってしまった。そして、やはり怪しい奴なのでは?などと、こちらを見ながらコソコソと話し合っている。
やってしまった…と苦笑いしていると、後ろから「お前、馬鹿なのか?」と声をかけられ、振り向くと、案の定半目になって呆れ返ったような顔をした犬夜叉がいた。

「うっ…だって、2度も命を救ってもらったし、私が疑われないように庇ってもくれたから、つい…」
「けっ!俺は別に、おめぇを助けたわけじゃねぇぞ!ただ煩わしかっただけでぃ!」
「…それでも、実際に私は助かったし、守ってくれて嬉しかった。だから…ありがとね、犬夜叉」

会って間もないが、犬夜叉の天邪鬼な性格をなんとなく把握した私は、笑顔で感謝を伝える。
すると、お礼を言われることに慣れていないのか、頬をうっすらと赤く染めて、「んなっ!べ、別に俺は、そんなんじゃっ」などと慌てているため、案外かわいいやつだなと微笑ましい気持ちになった。



さて、今度こそ誤解を解いて、そしてここがどこなのかを聞こうと思った時、ちょうど恐る恐るといった様子で先程の村人たちが近付いてきた。

「あの、巫女様…?分かっておられるとは思いますが、犬夜叉は半分妖怪ですぞ」
「恐ろしくないので…?」

尋ねられて初めて、私を井戸に引き摺り込んだ百足妖怪とは違って、犬夜叉を恐ろしいとは感じていないことに気付く。
そういえばなんでだろうと思い、再び犬夜叉に目を向けてみると、「…なんでぃ」と訝しげに見返してくるが、やはり恐ろしくはない。見れば見るほど、その瞳が美しいと感じるだけだ。
ただし、性格がひん曲がっていて、口も悪いが。

「先程、私は妖怪に襲われました。その瞳は、真っ暗な闇を宿していて…欲望のままに動き、理性の欠片もない様子だった。でも…」

私を見るその目は、明らかに違う。
その瞳は、周り全てを拒絶するかのように鋭く、孤独や憎しみといった感情が読み取れる。
だが、その中には、確かな優しさも存在しているのだ。

「犬夜叉の瞳には…光が宿っている」

事実、打算も取引もなく、私を助けた。
咄嗟の言動や行動こそが、その人の本質を表すと、私は思っている。
だから…

「たとえその正体が化け物であったとしても、命の恩人である優しい彼を…私は、恐ろしいとは思えません」

「な、なんと慈愛に満ちた巫女様なんだ」
「まるで桔梗様のようじゃ…ありがたや」
「えっ、ちょっ、頭を上げてください!」

ただ思ったことを言っただけなのに、何故か村人たちは手を合わせて頭を下げ始め、おまけに桔梗の名まで出てきた。
私は前世のように妖怪を滅する程の力を持っているのか分からないし、拝まれるようなことはしていないのにと困っていると、背中にビシビシと視線を感じたため、振り向いてみる。

「どうしたの、犬夜叉?そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「…おめぇ、何を企んでいやがる!」
「…?」

企む?私は何も企んじゃいない。
何故怒っているの?何を、恐れているの?
どうしてそんなに、苦しそうなの…?

「俺は、てめぇらみたいな弱っちい人間とは違ぇんだ!普通は恐がるだろうがっ!しかも、この俺様を優しいだとか何とかぬかしやがって…お前、頭おかしいんじゃねぇか!?(そうさ、俺は半妖なんだ。人間にも、妖怪にも、忌み嫌われる存在。俺を庇い立てすれば、お前も…!)」

それは、近寄るなという心からの叫び。
まるで、自分は1人なのだと、他人との関わりを期待すらしていないかのよう。こんな考え方しかできないなんて、一体、どんな壮絶な人生を歩んできたのだろうと思うと、酷く胸が痛んだ。


悲しみを取り除きたくて声をかけようとした時、馬の蹄の音が複数聞こえてきたため、犬夜叉も私も、そちらに目線を移す。
すると、馬に乗った隻眼の巫女を先頭に、武器を持った男たちが押し寄せてくる。
威厳漂うその巫女は、右目を刀の鍔らしき物で隠しているが、その左目は真っ直ぐにこちらへ向けられていた。

「おぬし、何者じゃ。なぜこの森にいる」
「楓様、このお方は巫女様だそうで」
「なんでも、御神木を見にいらしたとか…」

この老齢な巫女が1番偉いのだろう。
事情を説明しようとしたら、私よりも早く先ほどの村人たちが報告してくれたので、木の根から降りて、「真奈と申します」と頭を下げてみる。
しかしそれだけで警戒が解けるわけもなく、楓様は私を観察するように見てきた。

「巫女か…だが、永遠に解けぬはずの犬夜叉の封印が、何故……ん?」
「あの、私は封印を解いたつもりはなくて、ただ…って、えっ…な、なんですか?」

ズンズンと近付いてきて、「顔をよくお見せ。…もっと賢そうな顔をしてごらん」と言いながら顔をあちこちに向けさせられた。
犬夜叉といい、この人といい、失礼すぎる。
しかし、ここで反抗するよりはこのままにしたほうが得策だと判断し我慢していると、ハッと息を呑んで手を離し、驚くべき言葉を発した。


「似ている……桔梗おねえさまに…」


楓様のその言葉に、周りの人々がざわめく。
前世の名前ばかりか、桔梗のことを姉と呼ぶということは、と私も心底驚いた。

「え、お姉様…?じゃあ、もしかしてあなたは、桔梗の妹の、楓!?」
「なんと、わしらのことを知っておるのか?」

知っているも何も、桔梗は私の前世です…なんて、さすがに前世の妹に対し、簡単には口にできない。
「えっと…」と口籠もっていると、まさかの人物が簡潔に説明を済ませてしまった。

「そいつは桔梗の生まれ変わりらしいぜ」
「なっ!ちょっと、そんな簡単に…」
「生まれ変わりじゃと!?それは誠か?」
「え!?えっと…桔梗の記憶があるというだけで、本当に生まれ変わりかは、その…」

犬夜叉ってば、なんてデリカシーのないやつなの!?
桔梗がいつ、どうやって死んだのかは知らないけれど、ついこの間とかだったらどうするのか、心の傷が塞がってはいない状態だったら…
しどろもどろに説明をしてみるものの、だんだんと自分は本当に桔梗の生まれ変わりなのかと疑問が湧いてくる。

だって私は、犬夜叉を知らなかった。
犬夜叉は桔梗を知っていたのにも関わらず、記憶の中には、犬夜叉はいなかったのだ。

「そうか、記憶が。…巫女だと言っていたな。神通力はあるのか?弓の扱いは?」
「神通力…そういえば、さっき妖怪に襲われた時、それらしい光が手から出たような…あ、弓のほうは、動く的を狙ったことはないですが、動かなければ得意です」

その後、色々と質問攻めにされるかと思ったが、このまま立ち話もなんだからと、村に戻って話すことになった。
本音をいうと家に帰りたいし、犬夜叉はどうするのだろうと思ったのだが、ここで下手をするのは悪手なため大人しく着いていこうとした。

しかし、この状況に黙っていない者がいた。
すっかり私が桔梗の生まれ変わりかもしれないという衝撃的な話に存在が掻き消され、デリカシーのない発言以降空気同然であった犬夜叉が、溜めに溜めた不満を爆発させる様に吠えた。

「っておい!!俺を忘れてんじゃねぇ!」
「あ…おお、そうじゃった。すっかり犬夜叉の存在を忘れておったな」
「おいこらババア、てんめえ…」
「ま、まあまあ、私は忘れてなかったよ?」
「おめぇも俺を置いていく気満々だったじゃねぇか!騙されねぇぞ、俺は!」
「違うってば!犬夜叉のことはどうするのかって聞くタイミングを見計ってたの!」
「たいみんぐぅ?なんだぁ、それ?」

絶好の機会って感じの意味かな、と説明していると、楓様が驚いた様に私たちを見ていたため、どうかしたのかと注視すると、犬夜叉に話しかけた。

「犬夜叉…おぬしは、桔梗おねえさまと憎しみあっていたんじゃなかったのか?」
「…あぁ、そうさ!俺はアイツに騙されて、あまつさえこんなところに磔にされたんだからな!」

そうだ、犬夜叉が目覚めた直後の台詞に、桔梗が犬夜叉を殺したという言葉があった。でもあの時の私は、桔梗という名前で呼ばれたことのほうが衝撃的で、あまり気に留めなかった。
だが、今までの話を繋ぎ合わせて整理すると、犬夜叉にとっての私は、自分を騙し、封印した者の生まれ変わりであり、要するに彼の敵だったのだと理解する。
妖怪と巫女という時点で既に敵同士ではあるが。

では何故、犬夜叉は2回も、自分を封印した仇同然であるはずの私を助けたのだろうと疑問を抱く。
その答えが出る前に、楓様が話出した。
「騙されたじゃと?何を言っておる。あの日、四魂の玉を奪うために…犬夜叉、おぬしが桔梗おねえさまを傷付けた。それが元で、おねえさまは死んだのじゃぞ」
「はぁっ!?俺が桔梗を殺したっていうのか?ふざけんじゃねぇぞ!俺はあいつに、指一本たりとも触れちゃいねぇ!!」
「もうよい、過ぎたことよ。それに犬夜叉、おぬしはそこから、永遠に離れることはできぬのだからな。…さて皆の衆、帰るぞ」

楓様は吐き捨てるようにそう言って、私の手を取って元来た道を歩き出す。
第三者からみると、2人の言っていることが食い違っていて、どちらかが嘘を言っているのかと思ってしまう。
巫女であり、たった1人の肉親を殺されたという楓様が嘘をつくとは考えられない。
かつての妹の言葉は真実であると思うが…それでも私には、犬夜叉が嘘を言っているとは、桔梗を傷付けたとは、どうしても思えなかった。

「おいっ!納得のいく説明をしろよ!!…っくそ。この矢さえなければ…!ちくしょおぉ!!」

だって犬夜叉は、自分を裏切って封印した桔梗の生まれ変わりである私を、助けたのだから。
苦しそうな2人に声をかけてあげたいが、当事者である桔梗の最期の記憶すらない私には、どうすることもできない。



やがて、姿が見えなくなり、どんどんと叫ぶ声が小さくなっていく犬夜叉のほうを振り返りながら、手を引かれるままに歩を進めるしかなかった。





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犬夜叉は、そんなに悪い奴じゃない
たとえ、前世で憎しみあっていた敵同士だったのだとしても、私は

私だけは、犬夜叉を信じていたい


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