小説 | ナノ

あれから500年後の現代。

かつて、犬夜叉と桔梗が死に別れた場所に建つ古い歴史のある日暮神社。
その神社の巫女を務めているのは、ちょっと前世の記憶を持っているだけの、どこにでもいる普通の中学3年生。
日暮真奈

前世でも巫女をしていたことと、名前は桔梗で、楓という妹がいたということ以外、どうやって死んだのかなどの記憶はない。
それでも、推察はできる。
服装や世の情勢などが戦国時代っぽいので、それほど長生きはしなかったのだろうと思っている。

今の家族は、祖父、母、弟の3人と、猫のブヨ。
お父さんは小さい頃に亡くなっている。

明日は真奈の15歳の誕生日。
現代ではまだ未成年だが、昔…それこそ戦国時代などでは、15歳は成人として認められていた。
所謂節目といわれる歳だ。

巫女としての仕事を終わらせて社務所に戻ると、宮司である祖父が新しい御守りの試供品を取り出していた。

「おじいちゃん、それは?」
「おお、戻ったか真奈。これはな、四魂の玉という御守りだよ」
「四魂の玉…?」
「うむ。これさえあれば、家内安全、商売繁盛」

もしやこのビー玉を売ろうというのか?
そうは思ったが、既に大量に段ボール箱に準備されているのを見て、突っ込むのはやめた。
祖父はまたお得意の「そもそもの由来は」を発動しているが、何度聞かされてもなぜか忘れてしまうため、最近は話を遮るようになった。

「ね、おじいちゃん。明日何の日か覚えてる?」
「ふっ。かわいい孫の誕生日、忘れるわけがなかろう。1日早いけど、ハッピーバースデー!真奈」

ほいと差し出された箱はラッピングが施されていて、贈り物であることが一目で分かる。
前日に渡されるとは思っていなかったため驚いたが、笑顔で受け取り、気になったのか肩に飛び乗ってきたブヨと共に中身を見てみる。
すると、予想を裏切らず、中から出てきたのは干からびた何かの手のようなモノだった。

「幸運を呼ぶ河童の手のミイラだ。そもそもの由来は…」
「お食べ、ブヨ」
「あっこら!もったいない!」

こんな得体の知れないモノを食べさせたらお腹を壊しそうなので、冗談混じりにブヨに食べさせるフリをしてみると、祖父は慌てて私の手からブツを取り戻した。
うん、やっぱりよく分からない曰く付きのモノは、祖父が管理するに限る
あのようなモノは花の女子中学生が持つような代物ではないのだ。

いつものことだが、今年も同じかと少し落胆しつつ、明日も学校があるため早めに寝ようと自宅に戻った。



祖父は由来について語るのが大好きだ。
朝ご飯中に漬物の由来について語り出したため、話が長くなる前に「これは氏子さんからの貰い物でしょ?」と遮った。

誕生日だからといって、学校が私だけ特別にお休みになるわけではない。今日もいつもと変わらない日常が繰り返されるだけ。
みんなが学校に行き、勉強し、大人は仕事や家事をする。
お腹いっぱい食べて、あったかいお風呂に入り、ふかふかのお布団で寝る。

そんな平和な日々が、これからも変わらずにずっと続いていくのだと、漠然とそう信じていた。



樹齢500年以上の御神木やら
曰くありげな隠し井戸など
それぞれに由来があるそうなのだが、祖父に何度聞かされても忘れてしまう
何故忘れるのかなんて、考えたこともなかった

15歳になる、今日までは


________



玄関で「いってきます」と挨拶をしてから、境内を歩いて鳥居へ向かっていると、祠の扉を開けて中を覗き込んでいる弟を発見した。

「草太、どうしたの?」
「あ、ねえちゃん。ブヨが中に入っちゃったんだ」

とりあえず中に入って階段の下を覗いてみるが、ブヨは見当たらない。
暗くじめっとした空気とその気持ちの悪い雰囲気に、草太はびくびくとしている。
「下にいると思うんだけど」と言う草太に降りるよう勧めてみるが、案の定怖がって降りようとせず、カリカリという音に驚いていたため、時間もないので代わりに降りる。

下まで降りた時、再度カリカリと音がした。
近づいたことで、さっきはブヨが何かを引っ掻いたのだと思っていたその音が、蓋をされた井戸の中から聞こえることに気付く。
だが、蓋には封印の矢のようなものが刺さっているし、蓋はピッタリと閉まっているため、猫が入れる隙間すらなく、気のせいかと思った時、足元に何かが擦り寄る感覚がして悲鳴をあげた。
すぐに足元を見ると、ブヨがいたため、緊張の走った胸を撫で下ろす。

「あー、びっくりした。大きい声出さないでよ」
「ごめんごめん、ブヨが擦り寄ってきて…」

ブヨを抱いて井戸に背を向け、草太を見上げたら、背後でズッと何かが動いたような音がした。
上から見ていた草太がいち早く異変に気付き声を上げたが、私が振り向くよりも早くバキバキッと木が折られるような音と共に背後から得体の知れない何かに掴まれて、井戸の中へと引き摺り込まれた。
ブヨは私が両腕を引っ張られたことで支えをなくし落下していったため、巻き込まれずに済んだ。

何事かと後ろを振り向いた時、井戸の中に落ちたはずなのに、底がなく浮遊感が続き、周りが青い光を纏った宇宙のような、見たこともない景色に変わっていた。
目の前には異形の姿をしているモノがいて、記憶の中でしか見た事のない妖怪を初めて目の当たりにし、体が上手く動かせない。
腕は6本あり、目はぎょろついて、臍から下は骨だったのにどんどんと肉がつきムカデのようになる。

「嬉しや…力がみなぎってくる…わらわの体が戻ってゆく。おまえ…持っているな?」

蛇のような長い舌で頬を舐められ、恐怖で縮こまった体が嫌悪感から動くようになる。

「ひっ!?気持ち悪い!は、離して!」

左腕を掴まれていたため、唯一辛うじて動かせる右手で異形の顔を張り倒そうとした時、手から眩い光が発し、私から妖怪が離れた。
妖怪は「おのれ…逃しはせぬ…四…魂の…玉……」と言いながら異空間の闇へと消えていった。

“四魂の玉”

祖父が昨日言っていた御守りと同じ名前に戸惑う。
すると、周りの光が消え浮遊感が収まり、地面に体が投げ出された。
ドキドキと痛いほどに脈打つ鼓動を感じながら、今起こった出来事について頭を整理しようとする。

見渡すと自分が井戸の中にいることに気付き、もしや今のは夢かと思うが、先程異形が離れた際に私の左腕を掴んでいた手が千切れ、それが自分の傍に落ちているのが目に入り、夢ではないと身震いする。
兎にも角にも、こんな気味の悪い場所に1秒でも長くいたくはないため、ここから出なくてはと外にいるであろう草太に声をかける。

「草太!おじいちゃん呼んできてくれる?」

呼びかけるも、何も返事が返ってこない。
もしかして気絶しているのかと心配になり、助けを諦め、何故か生えている蔦に捕まり上まで登ることにした。
幸い蔦が切れることなく上まで上りきり、井戸の淵に手をかけ、力を振り絞り体を持ち上げた途端、視界に入った景色に目を疑った。

そこには、祠の中の暗いじめっとした空気はなく、光の降り注ぐ爽やかな風の吹く緑豊かな森が広がっていた。

四方を見渡してみたが、どこを見ても木ばかりの同じ景色が続いていて、自分の知らない場所であるとまざまざと見せつけられる。
知らない世界でたった1人になってしまったような感覚にゾッとし、井戸から離れつつ家族の名前を呼ぶが、応える声は1つもない。
恐る恐る歩を進めていた時、森の中でも一際目立つ見知った木を発見する。

「あっ、あの木は…もしかして、御神木?」

生まれる前からずっとうちの家族を見守ってきてくれた御神木を、私の大好きな木を、見間違うはずがない。
1つでも自分の知る物があることに安堵し、心の拠り所を求め、その方向へと駆け出した。



この先で待つ、人でもなく、妖怪でもない彼が、自分の前世から続く運命の相手であり、私たちの出会いが、四魂の玉を巡る最大の戦いの幕開けになろうとは、突然訪れた非日常に振り回されて不安でいっぱいの私には、知る由もなかった。


________



「えっ…男の、子?」

草木をかけ分け、ようやく辿り着いたそこには、またもや非日常的な光景があった。
目的の木は確かに御神木であるはずなのに、おかしな点が2つあるのだ。

1つ目は、私の知る御神木より、幹の太さも、てっぺんまでの高さも、枝の広がりも、全体的に小さいように見える点。
2つ目は、まるで守られているかのように木の根が体に巻きつき、何故か御神木に背を預けている男の子がいる点。

この2つの点から導き出される答えは、ここは自分のいた場所ではないということ。
時代が違うか、もしくは異世界か何かなのかと落胆したが、とりあえず目の前の彼に声をかけてみることにする。

「あの…何をしているんですか?……あのー?えっと、大丈夫ですか?」

幹の中腹より少し下の方、私の知る御神木の傷のあるあたりに、その子はいた。
緋色の、神事で着る水干のような服を身に纏い、陽の光が当たりキラキラと輝く銀色の長い髪を風に靡かせながら、気持ちよさそうに目を閉じている。

このよく分からない場所で、初めて自分以外の人と出会えたからには、ここがどこなのか聞きたいのだが、眠っているのだろうか?
声をかけても反応が返ってこないため、近づいてみることにし、巻き付いている木の根を登る。



目の前まで来て、先程も思ったが、やはり顔が恐ろしく整っているなと改めて思いつつ、本当に眠っているのかよく観察しようとした時、またもや異常な点を発見し目を疑った。
なぜなら、人間なら本来あるべき場所ではなく頭の部分に耳があり、さらにその耳は犬のソレのような見た目をしていたからだ。

本人の了承も得ず失礼だとは思ったが、好奇心には抗えず、くいくいと触ってみると、犬耳カチューシャとかではなく本物である事が分かった。
まさか人ではなかったのかと衝撃を受けた。

耳以外の見た目は完全に人間なのにと目線を下ろしたところで、彼の左胸に突き刺さっている古い矢に気付いた。
それを認識した瞬間、悲しい気持ちとザワザワとした不快感が胸の奥から溢れてきて戸惑う。
何故こんな気持ちになるのか不思議で首を傾げてみたが、考えても埒が開かないため、一旦置いておくこととする。

心臓を矢で貫かれ、亡くなっているはずなのに、あまりにも穏やかなその表情に、まるで深く眠っているだけなのかと見紛う。

私には関係のない、見ず知らずの、しかも人間ではない相手だが、巫女としてこのまま見過ごすわけにもいくまい。
せめて矢を抜いて弔ってやろうと思い、痛々しいその胸に服の上から手を置いた時、ビリッと電流が走ったかのような衝撃が全身を駆け巡った。

私…この子のこと、知ってる。
何故かはわからないけれど、そう確信した。



「犬の、妖怪…いいえ、半妖の……“犬夜叉”」


ードクンー


その名を口にした瞬間、彼の身体が脈打った。
周りの空気が変わり、ザワリと木々が鳴く。

触れていた右手を引っ込めて左手で抱き込み、片足を引いて距離を取った。
目覚めると確信し、固唾を飲んで様子を見守る。


その瞳の中に映る自分の姿を見てしまったら、きっともう逃れることはできない。この運命からも、彼からも。
それでも私は、自分の意思でこの場に留まることを選んだ。

だって、思ってしまったんだ。
私は、彼に出会うために生まれてきたのだ、と。


やがて、閉じていた瞼がスゥッと上がっていき、ついにその金色に輝く瞳と、目が合った。
その時、どこかでカチリと音が鳴った気がした。





設定&プロローグ← | →第二話

500年の時を超え、かつて引き裂かれた2つの魂が再び巡り合い、止まっていた時が動き出した

運命の歯車はもう、誰にも止めることはできない



目次←


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -