たとえば甘くてどろどろ



「ねえ不死川くん!!チョコレイトって食べたことある?」
「ねェ。あとうるせェよ……」

鬼殺隊士の休みは貴重である。次々と出現する鬼が相手なので中々休めたものでは無いのだが、名前と不死川の2人の休日が重なったことは 奇跡に等しかった。
貴重な休日である今日、名前は恋仲である 不死川の屋敷にお邪魔していた。

「これはね、たまたま助けた 藤の花の家紋の方が下さったんだ〜。」
「知るかァ。あと家に来るんなら連絡くらい入れろ。」

小言を言う不死川をよそに自慢げに名前は小箱を掲げる。いつもの事であるが、何も話を聞かない名前に不死川はゆっくりとため息をついた。
「不死川くんと食べてみたくって。」
そう言いながら箱を開け、丁寧に銀紙を剥がす。
チョコレイトはパキンと軽やかな音を立てて割れた。上手には割れなかった1粒を差し出す。
屋敷の中庭を向いて座る名前の隣に、どかりと腰を下ろした不死川は、すんなりとチョコを受け取ってくれた。……手ではなく、あたかも当然のように唇で受け取ってくれた不死川にドキリと心の臓が跳ねる。
お互い忙しく、近頃は恋人らしいことが全く出来なかった。だから久しぶりのことに、じわりと名前の表情が緩んだ。
口の中でじっくりと溶けていくのを堪能した不死川は、最後に喉仏を大きく動かした。

「……思ってたより甘ェな」
「だね。昔は薬だったって話を聞いていたから、びっくりしちゃった」

箱を引っくり返し、裏に書いてある異国の文と 意味もなく睨み合う。

「次のもくれ」
「気に入ってもらえたらみたいで嬉しいなあ」

次だとせがむ不死川に思わず頬が緩む。常に柱として働きっぱなしの彼を少しでも癒せたのなら何よりだ。浮かれた気持ちのままもう1粒差し出す。
さっきと同じように口に入っていくのを横目に、自分も1粒齧ってみた。固い表面は自分の口の温度が伝わって、少しずつゆるんでいく。確かに甘くて優しい気持ちが包み込んだ。

「うめェな」
嬉しそうに不死川が言って飲み下ろしたとき、自分の舌にはまだ半分くらいの大きさをしたチョコが乗っていた。 特に大きく口を動かしていた訳でもないし、噛んでいたりした気配もなかった。食べる速さが随分違って驚いた。

「食べるの早くない?」
「そうか?そんなつもりなかったけどなァ」
「あっ、不死川くん口の中熱いから、……」


途中で変なことを言ってしまっていることには気づいた。しかし時は既に遅かった。

「……名前」
目の前でゆっくりとまばたきをするこの男には、先程までの雰囲気が消えかかっている。
名前の背中をぞくりとさせる、ちょっと怖いくらいの真剣な表情には見覚えがあった。
欲をかきたてられた時の顔。

「あ、えっ……と、ほら、不死川くん体温も高いから!ねっ!」

取り繕った自分の言葉は、自分の耳にすら滑稽なものとして宙に浮いた。体温と口の中なんてきっと関係ないだろう。

なんで知ってるかって、そんなの、直接知っているからに決まっている。思い浮かべている場面はお互いひとつだっただろう。

「あ、っと、たしか用事あったかもしれない、」

情けなくて恥ずかしくて、名前はこの場から直ぐに去さってしまいたかった。 おきっぱなしだったチョコレイトを掴み、立ち上がろうと足腰に力を入れる。
しかしその手首を不死川がはし、と握り名前を自分の胸に引き寄せる。そのまま力に逆らえず、小さく叫びながら名前は胸に飛び込んだ。

「てめェが煽ったんだよ、責任は取れよォ」
「だ、ってそんなつもりじゃ、」

上から降りかかる低い声に身体が跳ねる。見上げると視界いっぱいに広がるニヤリと笑った顔が恨めしい。
不死川は軽々と名前を抱き上げ、ピシャリ中庭に繋がる襖を閉じる。名前は俵のように担がれたまま、これをくれた人が、"チョコレイトは恋の媚薬"なんて言っていたのをぼんやりと思いだす。
効果は抜群だったことに苦笑いを浮かべながら奥の寝室に連れ込まれるのだった。

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