「っあーーーもう!!さっきからぴいぴいうるさいんだけど!!」
「ちょっと、フエの音が聞こえないでしょ!!静かにして!!」
まだ春だというのにかんかんと照りつける陽射しが眩しい。目を休めようと立ち寄った茶屋で少しの間休憩していれば、よく知る後ろ姿が視界に入った。
しかしここで思わず声をかけたのが失敗だったのだろう。久しぶりに会った名前ちゃんは、出会ってからずっと、このうるさいラムネを吹き続けている。
たしかフエラムネと言っただろうか、楽しそうに説明する彼女の姿を思い出した。流行り物にめざとい彼女は、彼女の父が交易する外国船から買い取ったのだと言っていた。
「ねえ頭に響く〜〜こんな菓子のどこが良いの!!」
「喚かないで!善逸さんの高音も結構耳障りです〜〜〜!!」
中々に口が達者でいらっしゃる名前ちゃんだけれど、実は由緒正しいお嬢様である。代々続く貿易商の一人娘だと言っていた。
俺が鬼殺隊に入る前からだから、かれこれ4.5年の仲だろうか。相当な天邪鬼だし、良家の娘と思えないほど口も悪いが、その根底には優しさがあることも知っている。
憎めない存在、なんてものは既に通り越していて、かれこれ数年の片想いを拗らせていた相手だった。
「そもそもなんでそんな吹き続けてるの!?耳のいい俺の前で!!俺耳いいって!!前話したよね?!」
「だって善逸さんの反応、とってもいじめ甲斐があるんだもん」
「俺は君が恐ろしいよ!!なんて外道だ!!!」
心底楽しんで笑っている彼女には、きっと俺は喚き回す愉快なおもちゃくらいにしか見えていないのだろう。 すれ違う想いに涙がちょちょ切れそうだ。既に泣いてるけど。
仕方がないので、耳を抑えて耐えしのぎながら、名前ちゃんの天使のような純真な笑顔を堪能する。眺めていると次第に、フエを鳴らすその唇に視線が吸い込まれた。
「……なに、急に静かになって」
「いや、その菓子を吹くときの唇が接吻してるみたいだなって」
「…そろそろ本格的にやばいんじゃないの?頭。」
ガチで引いたような目で名前ちゃんが俺を見つめてくる。いつかの炭治郎と同じ表情だ。好きな子に虫でも見るように蔑まれるのはめちゃくちゃ心に刺さるんだぞ。どーせ知らんだろうけど。
「分かってるよでも思春期の男なんてみんなこんな感じだから!!!」
「でもきっと竈門さんや嘴平さんはそんなこと思わないもん!!」
「口に出さないだけで炭治郎や伊之助だって脳内は一緒のはず!!…多分!!」
「たとえ思ってたとしても誰か一人にでしょ!!誰にでもそう思う善逸さんがやばいの!!」
「うぐっ……」
なかなか俺という者を理解している。確かに図星で言葉に詰まった。ただ接吻したいと本気で思うのは、名前ちゃんだけだ。そこは訂正を入れたいが今の彼女は聞く耳を持っていない。
というか1度紹介しただけなのになんでそんなに炭治郎と伊之助に懐いてるんだ。
少し腹が立つ。こっちの気も知らないでさ。
振り回されるばかりなのが悔しくて、名前ちゃんをじとりと睨む。全くこちらに視線を寄越さないのも気に入らない。もしかしてこのままずっと俺なんか見ないで、炭治郎や伊之助とか、他の人をその目に映すのだろうか。
根拠もなにもない、急な思考だったが、握っていた拳がじわりと汗で湿った。
このままじゃだめだ、という焦りと、炭治郎と伊之助に対しての嫉妬。そして自分に対して何も意識してないような名前への苛立ち。これらを抑えきれるほど自分は大人じゃなかった。
嫌われてしまうかもしれないことも全部飲み込んで、ラムネを吹き続ける名前ちゃんの唇を自身で塞いだ。
……あれ?ラムネを吹いてた時は聞こえなかった音がある。
一瞬鬼かと焦ったけど、嫌な感じのする音じゃない。むしろ暖かい音。早い鼓動、恋する音。当然俺からも聞こえるんだけど、俺のだけじゃない。誰だ?これ……
あ、名前ちゃんからだ。……え?嘘でしょ?
驚いて思わず顔を覗き込めば、名前ちゃんの顔は火が出てるんじゃないかという程に真っ赤だった。
「……バレたくなかったのに」
わなわなと震えながらそう告げる。潤んだ瞳で俺を押し返し、パタパタと逃げていく。
……ほんとに驚いた時は一言も言葉が出ないようだ。呆然と座り込んでいたが、先程の名前を思い出してこっちもじわりと朱がさす。
予想外の反応に、ニヤついてるのはわかってる。期待しすぎなのかな、でもあんな反応されたら期待しちゃいますよ。
この長かった片思いも、やっと終わりが来るようだ。
back / clap