冬の日の暮れは早い。太陽も沈み、冷えきった風にぞくりと肩が震えた。
外の様子に視線をやる。障子戸の隙間から見える外の景色は、かろうじて物の形がわかるくらいに暗かった。時刻はおおよそ亥の刻だろう。
恋人である炭治郎は、とても忙しい。鬼殺の隊士として働いているだけでなく、鬼にされてしまった妹の禰豆子ちゃんも連れているのだから、人一倍苦労を重ねている。会う度に傷が増えていく彼にどうにかできないものかと、かつては毎度心が痛んでいた。
そんな中始めたのが、半同棲の生活だった。両親を亡くし、一人きりで続けていた藤の家紋の屋敷。それを利用して長期の任務以外の時はここまで帰ってきてもらい、身辺の世話をしていた。
ただ実際のところを語ると、少しでも炭治郎と一緒にいたかったのが本音だ。忙しくてなかなか会えない炭治郎を、独り占めする時間が欲しかったのだ。
しかし、狡い考えを神様が見抜いているかのように、この生活は苦しい。寂しさを埋めるために始めた生活が、むしろ1人の時間を際立たせるとは思ってもいなかった。このままいなくなってしまうのではないか、という思考に視界が揺らぐ。今日はもうこのまま寝てしまおうか、と思った時だった。
「…ただいま」
寝ているかもしれない、そんな気遣いが伝わってくるような、遠慮した静かな声。その声にようやく机にうつ伏せていた顔を上げ、彼らを迎えに玄関へ出向いた。
「おかえりなさい。禰豆子ちゃんも、おかえり。」
「むうー、」
「あれ、ごめんな!待っててくれたのか。」
「ううん、大丈夫。私が待ってたかっただけなの」
箱を開ければ眠そうな禰豆子ちゃんが挨拶してくれる。ああ、良かった。今日も2人とも帰ってきてくれて。そんな私と禰豆子ちゃんの様子を見て、炭治郎も笑顔を浮かべていた。ふいに、草鞋を脱ぐ炭治郎の手に見慣れない紙袋を見つけた。
「どうしたの?それ」
「そういえば、べっこう飴。買ってきたんだ。たしか柚留はこれ、食べたがってただろ?」
そう言って炭治郎が見せてくれたのは中央街の、ちょっと高い飴屋さんの包み紙。美味しい、と評判だが味に見合ったそれなりの価格で。日常の必需品を買うだけで精一杯の私には敷居が高くて、なかなか手が出せないでいた。
「え、高いのに……わざわざごめんね」
「いいよ、俺が買いたかったんだ!それに、これを温めた牛乳に溶かして飲むっていうのが美味しいらしいんだ。」
「へえ…」
「溶けるまで時間がかかるから、椅子に座ってていいから待っててくれ」
その話、誰から聞いたの。気を許せば口に出してしまいそう。私は狡い女だ。炭治郎の事が本当に好きで、優しい彼を、常に独占してしまいたい。いつでも一緒に居られる禰豆子ちゃんに対して嫉妬してしまうこともあった。
でも、嫉妬深い自分は嫌いだ。欲を晒す汚い自分より、せめて取り繕ってでも綺麗な自分を見せたくて、いつも通りこの感情は静かしまい込んだ。
少しして、離れていた炭治郎が帰ってくる。
禰豆子ちゃんの入った箱を寝室に置いてきたらしかった。立ち上がろうとする私に、座ってていいから、と笑顔で告げ、そのまま手際よく温めた牛乳を飴の入ったカップに注いだ。
私と、炭治郎のぶんのカップをもってこちらへ寄ってきて、私の前に腰掛けた。
何も言わない私に、炭治郎は視線を落としたまま、眉を寄せて笑った。
「… 柚留、この飴が溶けるまで、話をしよう。俺達のこれからについて。」
その言葉に、頭を殴られたかのようにガツンと衝撃が走る。別れよう、いやな言葉が頭をよぎった。
あぁだめだ、泣くな。みっともなく泣くんじゃない。
必死で涙がこぼれないように、瞳に留める。最後まで迷惑かけるんじゃない。これが最後なんだ、彼の姿を目に焼き付けて終わりにしよう。
「伝えるのがが遅くなってしまって、
本当にごめん。」
しかし、意を決して見上げた顔は、落ち着いた優しい笑みだった。
「結婚、しよう」
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