言葉の欠片を噛み砕く


明け方までかかった任務を報告まで終えると、時刻はもう昼下がりだった。
疲れて沈んだ心に余裕を取り戻すため、恋仲である冨岡の屋敷へと急ぐ。屋敷の小間使いのかたに簡単に挨拶を済まし、案内してもらった部屋の襖をすぱんと開け放った。

「義勇さん見てください。えぇっと確かチューインガムというものなんですが。」

その中で静かに視線を送ってきた彼に、ずんずんと詰め寄った名前は、懐から小さな紙箱をいくつか取りだした。てらてらと光を反射するような紙に包まれているそれらは、異国の言葉がつづられている。

「先程寄った蝶屋敷の方々に頂いたんです。なんでも噛むほど美味しくなる魔法の菓子だとかって。」

そう話しながら、当然のように冨岡の目の前に腰掛ける。1箱の包装紙を破り、冨岡と自分のぶんを取り出した。

「ほら、義勇さんもどうぞ」
「…今は昼食を食べている。後にしろ」
「相変わらず大好きですねぇ鮭大根。」

無愛想な彼の言葉に笑いながら言葉を返す。彼が言葉足らず故に素っ気なく聞こえてしまうのは、もとより承知なのだ。
冨岡の分のガムは邪魔にならぬよう机の端に避けて置き、自分の分は包装を丁寧に剥ぎ取った。
「市場では膨らまないガムが主流らしいのですが、このガムは上手くやれば風船のように膨らむそうなんです。」

蝶屋敷の子達の言葉の受け売りなのだが、説明としては十二分である。そういって口に含み何度か噛み締めれば、葡萄の味が溢れ出した。蝶屋敷の子らが絶賛していたのも頷ける。

「わ、すごいですよ義勇さん!本物の葡萄を食べているみたい!」
「……美味いか」
「ええ!とっても美味しいですよ、義勇さんも食べてみてはいかがです!」
「……そうか」

ちらりと覗き見るが、冨岡は箸を置いてこちらに視線はよこすのだが、曖昧な返事しか返さない。 この男が言葉足らずなのはもとより承知しているつもりだが、何を考えているかは未だに分からない。もしかして食べたことあったのだろうか。

冨岡の態度に少なからずショックを受けたが、久しぶりの二人の時間なのだ。とにかく今を楽しみたい。名前はめげずに次のアピールを試みる。

「ほら、こうやって膨らませれば……ほふぁ!ひふうはん!」

突き出された名前の薄い唇から、舌に膜を張っていたガムがあらわれる。少しずつ息を吹き入れれば、勢いをとどめず風船はこぶし大まで膨れあがった。
想像していたよりも大きく膨らんだそれに嬉しくなって、また冨岡に視線を向ける。


……わかっていた。この男はこういう男だ。
こちらをじっと見つめるだけの冨岡が、さすがに居心地が悪い。よく胡蝶が、黙りこくる彼に「何とか言ったらどうです」と張り付いた笑顔のまま言っていたのを思い出した。

少し気持ちを落ち着けたくて、ガムを膨らませては噛みちぎってを繰り返す。
もしかしたら冨岡は異国の菓子なんて興味ないのかもしれない。見飽きていたり気に入らなかったり。とにかく自分が浮かれすぎていたのだ。そもそも昼食時に押しかけた自分に非があるのだし。 恋路なぞなかなか上手くいかないものだ、仕方がない。

静けさが肌に突き刺さり気まずくなってしまい、大きく作れていた風船もぱちんと割れた。沈んだ気持ちのまま、作り直そうと唇を突き出し少し空気を吹き込こんだ時。



冨岡が膨らみかけたガム風船に噛み付き、そのまま名前に自分の唇を押しつけた。

……え、?
何が起こっているのかわからない。
思考は停止して何も考えられないのに、掴まれた肩のじわりとした熱と、少しかさついた彼の唇の感触が、生々しい程伝わる。
これきっと、私の顔は真っ赤になってる。

ゆっくりと離れていく冨岡の顔に、二の句が継げないまま目をそらせないでいると、幾分か時が経った後冨岡が口を開いた。

「……次はふくらまないものにしてくれ。」
「…えっ?」

どうも今日の冨岡は、いつも以上に真意が掴めない。ふくらまないって、ガムのこと?なんで?というか、接吻された。ふくらまないガムでこんな事されたら、それって、でも、

思考が追いつかず脳内で言葉を反芻していると、くるりと冨岡が背を向けた。返事もしないのは失礼だっただろうか、慌てて冨岡を見ると、静かに彼の耳が朱く染っていた。


あ、今の……ようやく、なんとなく、わかった。 頬がじわりと紅潮していくのを感じる。まったく、この男は、口下手にも程があるだろう。

思考の海を脱して振り返れば、どうやら私は思っているよりも愛されているらしい。言葉でなくとも行動で愛情を示してくれる冨岡がいとおしくて、次だけでなくこれから全部、ふくらまないものにしようと心に決めるのだった。

back / clap
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -