特別なディナーで君を (サンジ/甘)

合理性のない人間が嫌いだ。
サウザント・サニー号が真っ直ぐ目的地に進んでいくのを肌に感じる。潮風の匂いと太陽の眩しさにクラクラしながら船首に跨った
別に感情論というものを否定するつもりは
全くない。
私が本能と感情にしか従わない船長に憧れこの船に乗ったことも、ここでなら楽しい生活を過ごせると思ったのも確かだ。
しかしこの短い人生の中で無駄な時間を作るのはとても非合理的だと全員に熱弁したい。食事、睡眠なんて必要最低限さえあれば
生きていけるというのに。
長々と語って何が言いたいかと言うと、毎日最低限の食事しかとらない私の為に
わざわざ皆の食事とは別で料理を作り
持ってくるこの男が非合理的だということだ。
「サンジさん、私何度も必要ないって
断ってますよね」
「そうだねぇ」
「私じゃなく、ルフィにあげた方が食材も 無駄にならないと思いますけど」
「あいつは保存用の干し肉ほぼ盗んでんだ、
ただでさえ存在が食費に大打撃
だってのに…」
芝生の上でウソップと走り回るルフィを恨めしげに見ながら彼はタバコを噛み潰した。
それでも私が毎回運ばれる食事を彼に与えていることは何も言わないようだった。
「それじゃ、今日はちゃんと食べてくれよ、
お嬢様」
料理を慣れた手つきで傍らに置き、
一礼をして戻っていく姿がなんだか優雅で
見ないふりをした
「あんたも1回くらい食べてみなさい、いっつも 乾パンと干し肉ばっかりじゃない?」
「低燃費なんですもん、わたしー」
笑いながらたしなめるナミにべっと舌を出してそっぽをむく。どうやら今日はみんなが敵みたいだ。
*
『お前が食卓にいると食う気が無くなる。
下がれ。』
息苦しさに目を覚ます。
視界が滲み、さっきまで見ていた幻覚がまだ頭をよぎっている。まだ過去に囚われている自分がもう笑えてしまう。
手足も震えているのは恐怖からなのか。
自由のきかない手足に鞭を打ってドアを開けたところで力が入らず膝をついた。誰か…
気がつくと、コトコト と何か煮込まれているような音が聞こえる。眠る私に配慮したのだろう、控えめな灯りの中暖かな匂いが鼻をくすぐった。
「あっ、良かった目覚めたのか!
部屋の前で倒れてたんだぜ、
びっくりしたよ」
当然料るのはこの部屋の主であるサンジさんで、 完成したらしいシチューをよそって目の前に 差し出した。
「あの、、、作って貰って申し訳ないんですけど、体調悪いみたいなので
トニーくんの所行ってきます」
「こーらストップ。じゃあ俺と
まずはお話しようぜ」
なんだか気まずくて逃げ出したくて、自分がくるまれていた毛布を取ろうと立ち上がると、すぐにサンジさんに軽く肩を押され椅子の上に戻されてしまった。
少し乱れた毛布をかけ直そうと私を覆うように手を伸ばし、かがみ込む。前髪の間からチラリと見えた目が
いつもと違うみたいでこわくなって、まずは話を聞くことにした。
「確認なんだけど、
さっきは呼吸困難とか手足が痺れたり、あと幻覚が見えてたりしてたんじゃねェか?」
いや当たりすぎてこわい。うんうんと静かに首を縦に降ると、
「それはな、ビタミンが足りてない時に起こる症状なんだ、乾パンと干し肉だけでは全然補えなくて、
ほんとに危ない症状なんだよ
全く足りてなかったから小さい頃からとってなかったんだろうけど、」
屋敷にいる頃の食事は与えられたものを食べていただけだった。そんなことまで見透かされてる気がして、まだ栄養のバランスの大切さを語る彼を 思わず軽く睨んで口に出した
「じゃあ今後はビタミン?も摂ればいいんですね、ありがとうございました」
視線はドアの方を向き、なにも悪くない彼に八つ当たりして酷いことを言い放った。
馬鹿みたいに大きく空いた口。
そこにスプーンにのったシチューがサンジによって送り込まれた
「あっ、、ふ、はぁ、?!」
「別に小さい頃の食生活にとやかく 言うつもりはねェよ、
ただな、オレならバランスの良い食事を君に提供できるし、食事を食餌(えさ)になんてしねェ!
この船のコックはオレだ。この船のクルーの 健康はオレが守る」
初めてほんとうにサンジという人間と向き合ったのかもしれない。食に真摯で、仲間を大切にしていて、この船のコックであることに
誇りを持っている。
サンジさんのまっすぐな瞳が輪郭を失う。 嗚咽がシチューを飲み込むのを邪魔する。
食べてる時に泣かせるな、ばかやろう。
涙が出るのはこんなにも 想ってくれる人がいるからなのか、
こんなにも暖かなシチューが
美味しいからなのか、まあどちらにせよ彼のせいだということには変わりはないようだ。
心も胃袋も掴まれてしまった私は
もうなにもできないけれど。
泣いたまま最後の一滴まで飲み尽くす私を、 机の反対側で肘をつきながら
見つめる彼の口元は綻んでいて。
(あぁ、無駄なんてない、
むしろ足りないくらいだ)
back