胡瓜

 相性っていうのは人と人の関係ばかりをいうわけではないらしい。例えば野菜と人。食費を浮かすために春から夏にかけては畑と呼ぶにはあまりにもささやかなスペースに何かしら食える物を植えてみたりするわけだが、俺と胡瓜の相性は最高だ。胡瓜は何遍か作ってみたが、来年の夏までもう胡瓜は食いたくないってぐらいには毎回採れる。そのたんびに来年は胡瓜はやんねーと思うが、一年経つと胡瓜が食いたくなるのでつい植えてしまう。

 というわけで、今年もまた懲りずに胡瓜を植えたが、天候が原因なのか、いまいち成りが悪かった。人間、自分の思うようにならないと興味というのはそがれるものらしい。自分が思っていたタイミングで最初の一本目が成らなくてちょっとばかしほったらかしになっていた。そして、気がつくと胡瓜と呼んでいいものかと躊躇うようなデカい胡瓜が成っていた。

「でけェ……」

 ボトリと落ちるんじゃないかと思って慎重に採った胡瓜はあんな細い茎によくぶら下がってたなってくらいにデカくてズシリと重かった。フツーの、っていうのもヘンだが、胡瓜と違って緑の皮はツルリと硬くて、いかにも瓜って感じがする。どうやって食うかなと手の上のデカい胡瓜を眺めながら思い出したのは、数日前にあった男だ。あの日はやたらに不機嫌そうだったなぁと眉間に刻まれた皺を思い出し、吸い殻が山盛りになった灰皿にこの国の煙草産業を底辺で支えてんのはこの男だななんてことを考えた。とりあえず、何人前になるか知らんが蛸でも買って胡瓜とそれで酢の物にでもするかと決めて、デカい胡瓜を持って家の中へと戻った。

 その後、胡瓜は順調に実をつけ始めた。ある一定の条件が揃わないと実をつけようとしないようにできてるらしい。胡瓜はそんなふうに考えたりなんかしないが『やべぇそろそろ実をつけねェと子孫残せねェよ』みたいな感じなのかとぼんやり考えた。子孫。動物も植物も生き物は突き詰めればおんなじなのか。残すべき遺伝子と淘汰されるべき遺伝子っつうのがあるわけで、淘汰されながら優秀な種が残される。そのへんの欲求にいまいち欠けてる自分は生き物としてどうなのかと思ったが、淘汰されるべき側であるならば最初からそういうことが欠けてることもさもありなんってなもんで、っていうか、ただの胡瓜じゃねぇか。

「……あ、ヤベ。まだ、ちっせェわ」

 もいだ胡瓜はまだ若かった。なんだか心もとない柔らかそうな緑の実のトゲトゲがチクッと指に刺さる。意外とこれが痛いもんで、採れたての胡瓜を握ろうとは思わない。虫とかに食われないように自衛してんだろう。人間も同じだ。若いヤツが尖ってみせるアレだ。切った茎から透明のトロリとした液がプクリと零れ落ちそうな滴を作る。蛇口をひねると生温かい水が流れ出る。手をかざし、蛇口から出てくる水が水らしい冷たさになったのを確認して、胡瓜のトゲトゲに気をつけながら採れたてのそれを洗う。水を切ってそれをかじるとうっすらと緑がかった白っぽい果肉が見えた。トロリした液をたっぷりと蓄えたそれの青臭い匂いが鼻を擽る。なんだかね〜と思い出したのは最近とんとご無沙汰している昔馴染みの男だった。どこでなにやってんだか知らないが、何も聞こえてこねぇから生きているんだろう。阿呆だよなぁ〜。声にはせずに呟いてから再び胡瓜をかじる。眩暈がしそうな陽射しに夕方にはたっぷり水をやらないと美味い胡瓜がならねぇなぁとちょっとうなだれたみたいな緑の葉っぱを眺めた。

「やっぱちょっと苦ェかなぁ…」

 かじりかけの胡瓜を片手に居間にぶら下がったカレンダーを見て「あ〜やだやだ」とボヤく。胡瓜につける味噌を取りに行くことにした。



(了)

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