07
何十年か前は、この国も豊かで美しい国だったらしい。そのことを知っている、もしくは信じられる人間は、一体どのくらいいるんだろうか。すっかり乾いてしまった大地に昔の面影はない。
あるのは、瓦礫と、悲しみと、憎しみと、そんなところか。
空気は乾燥していて、カラリと晴れた空はコバルトブルーに染まっている。風にちぎれた雲が羽毛みたいにフワリと浮いていた。
「おい、坊主。人の忠告は聞いとくもんだぞ。髭ぐらい生やしとかねェと、ナメられるし、下手するとダンシングボーイにされるぞ。東洋人は若く見られる。オマケにお前はチビだしな」
背後から聞こえた声に、高杉はゆっくりと振り向いた。
イスラムの教えでは女は外に出てはいけない。酒の席では女の衣装をつけた少年が女の代わりに舞い歌う。
けれど、それだけでは終わらない。つまり、文字通り『女の代わり』というわけだ。争いに巻き込まれ殺された少年や騙され連れて来られた少年はいくらでもいるという。
「誰が坊主だ。坊主はテメーだろうが。しかもチビってなんだ。チビのテメーに言われたくねェ。テメーは人の髭の心配する前にテメーの頭の毛を生やす方法でも考えてろ」
高杉に声をかけた一応日本人らしいその男は、戦場や紛争地帯を取材する報道関係者や金持ちのボディガードを派遣したりする会社に所属している。民間の傭兵とでも言えばいいのだろうか。
「…今日は静かだな」
「オイ、ハゲ、話そらすな」
「坊主、お前、日本人のクセにデリカシーっつうモンが欠落してるらしいな。そこは気づいていたって、そっとしておくところだろうが」
「デリカシーが欠落してんのはテメーのその頭だろ。そんだけ主張してたら気づくとか気づかねーとかいうレベルじゃねェだろうが」
「………」
髭を生やせと言うハゲの言い分は正しい。イスラム圏の男は成人すれば髭を生やしているのが殆どで、髭がなければ半人前とみなされナメられても仕方がない。だからと言って、ハゲのチョビ髭が正しいとは思えない。まあ、あれだけ立派にハゲてりゃガキだと思われることはないと思うが。
「『ペンは剣よりも強し』ってヤツか。酔狂だな、お前たちは」
しばらく黙っていたハゲが不意に口を開いた。
「強いなんざ思っちゃいねェが、ここで何が起こっているか知る権利はあるだろ」
「何が起こってるかって、殺し合いだろ。簡単なことだろう。人と人とが殺し合ってますって伝えりゃあいい」
「簡単だな」
「簡単だ。毎日、何人もの人間が死んでんだ。それだけだ」
「オイ、ハゲ、いつからンな仕事やってんだ」
「ハゲ言うな、チビ。知らねーよ。フッサフサしてた頃からだよ」
「ハゲ…、」
「なんだ、チビ」
「人、殺したことあんのか」
「さあな」
「そうか。なぁ、」
「なんだ…」
「…家族とかいたりすんのか?」
「カミさんは死んじまったけど、俺に似たハンサムな息子と可愛い娘がいる」
「そいつぁ子供が気の毒だな。」
「なんか言ったか?」
「言ってねェ…」
雲は風に流され青い空だけが広がっていた。
(高杉)
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