06

『テメーはこの国の広さわかってんのかよ!? は!? 世界の中心!? 勝手に行ってテキトーに叫んでろ。俺は忙しいんだよっ。くだらねー電話かけてくんな!』

「って、ヒドいちや〜」

「銀時か? アイツはシドニーにいるんじゃないのか?」

 桂はチラリと坂本を見やったあと、視線を手元に戻した。

「のう。ヅラ」

「ヅラじゃない桂だ。なんだ?」

「ここはラーメン屋と聞いちゅうが、おんしのそれは蕎麦に見えゆう」

「ラーメン屋ではない。中華そば屋だ」

「やき、ほりゃあ、蕎麦じゃあないろうか」

「そうだ。蕎麦だろう。うどんには見えまい」

「…あ〜、うん、うどんには見えんちや〜…」

 坂本は蕎麦を打つ桂の手を眺めていたが、小さくため息をひとつ吐いた。そして、目の前に置かれた湯のみに注がれたお茶をひと口飲んで顔を外に向けた。

 爽やかな青い空が広がっていて、その空には真っ白な雲が浮いている。

 ケアンズの陽射しは明るい。いわゆる南国のそれだ。

 この国では北国だけれども。

 街を行く人々の足取りはどこかのんびりとしている。明るさや温かさは人を穏やかにするらしい。

 坂本は目を細めた。

 桂は黙々と蕎麦を打ち続けている。

「できたよ」

 坂本の目の前にドンッとどんぶりが置かれた。

「わしゃ、頼んだかの?」

「アンタ、客だろ? うちはラーメンしかないんでね」

「いや、ほれ、そこに蕎麦が」

「………」

 店の女主人はチラッと桂を見ただけで、坂本の湯のみにお茶を足すと店の奥へと戻って行った。

 坂本はズルズルッと麺をすすると、顔を上げた。

「あ、ヅラ。おんし、高杉は何をしゆうか知っちゅうがか?」

「ヅラじゃない桂だ。アイツは、確か…、アフガン辺りに行っているんじゃないのか? 詳しくは知らんが」

「ほうか。そりゃまたえらいとこに…」

 坂本はニュースで見たアフガニスタンの映像を思い浮かべた。

 乾いた街に風が吹くと埃が舞う。今にも崩れ落ちそうな廃墟は、片付けられることなくそのままになっている。街を行き交うのは、迷彩服の兵士と浅黒い肌の髭の男、黒い装束に身を包む女、無邪気に笑う子どもたち。そして、そこに暮らす人々の頭上には白く霞む青い空が広がっている。

 今日もあの国では悲しい出来事が起こっているのだろうか。

 ゆっくりと店の外に視線を移すと、明るく眩しい澄んだ空の下を笑顔の人々が通り過ぎて行くのが見えた。

 坂本は残りのラーメンを食べてしまうために視線を戻すと、再びズズッと麺をすすった。

「ごちそうさん。うまかったちや。ところで、おんしは蕎麦なんか打ってここで何しちゅう」

「俺か? 従業員だ」

「ただの居候だよ。アンタ、知り合いなら、コレ連れてっとくれ。それとお代は8ドルだよ」

「それはちっくと無理ちや〜。っと、財布。財布。アレ? 財布?」

「ほら、8ドル。無銭飲食かい?」

「いや、そがぁなことは…。っかしいのぉ、ここに、財布を入れちょったつもりやったが…、アレ?」

 坂本はアレ?アレ?とポケットを探る。女主人は訝しげにその坂本を眺めている。

「おい、坂本。あの女は知り合いか? ずいぶん怒っているみたいだが」

 桂が店の外を指差した。

「あっ、陸奥」

「おんし、仕事をほっぽりだして何しちゅう。帰るぞ」

 陸奥と呼ばれた女は店に入ると坂本の腕をがっちりと掴んだ。

「イテ。イテテテテ。痛いちや〜。やさしゅうしとうせ〜」

「お取り込み中悪いんだけど、8ドル。アンタ、この人の知り合いなら、この人が食べたラーメン代払っとくれ」

「………」

「あ〜、わし、なんか、財布、忘れたみたいちや〜」

 陸奥はアハハと笑う坂本の腕を掴んだままため息を吐くと、ラーメン代を払った。

「じゃあな〜、ヅラ〜。ちょ、ちょ、陸奥、痛い。痛いちや〜。逃げんき。離しとうせ。ほんまやき〜。仕事するき〜」

「ヅラじゃない桂だ。貴様といい、アイツらといい、人の名ぐらいきちんと呼べ」

「毎度ありー」

 ここもシドニーもアフガニスタンもどこも同じ空のはずなのに。

 坂本は空を見上げた。



(坂本とヅラ)

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