05
夕焼け空が綺麗なのはほんの一瞬だ。
そう言えばビルの合間から見えた空の色は綺麗だったな、と思い出し空を見上げても手遅れのことが多い。思い出して見上げた空は、西の方が紫がかったオレンジ色に薄く染まっているだけだ。
あぁ、見逃したな、と、少し寂しく思う。
沖田は甘ったるい缶コーヒーを飲み干すと、そばにあったゴミ箱に空き缶を投げた。空き缶はカコンと音をたてゴミ箱へ入った。
癖みたいなものなんだろうか。
なんとなく空を見上げる。
西の空には低い雲が広がっている。雲は濃いグレイで沈み行く太陽の光を遮る。太陽は雲と空の境界線を弱く薄く照らすだけだ。
あれは、波、だろうか。こちらに迫って来る大きな波。
それに飲み込まれて行く自分を思い浮かべた。
『ムチャするなとは言わん。次からはもっと上手くやれよ』
近藤はそう言うとニカッと笑い、ポンと大きな手を自分の頭に置いた。
近藤とは自分がガキの頃からの付き合いだ。近藤にしてみりゃ自分はいつまで経ってもちっせェガキのまんまてとこだろうか。
「さぁてっと、」
沖田はこっそり苦笑いすると、歩き出した。
夕方は慌ただしい。
道行く人は皆、家路を急いでいるんだろう。足早に通り過ぎる。急いで帰りたくなるような家があるなんてちょっと羨ましいかもしれない。
と、見覚えのあるお団子頭が目に入った。その傍らには背の高いサングラスの男がいる。お団子頭が絡まれているというよりは、むしろ絡んでいるようだが、面倒なことになってもと近づいた。
「何やってんでィ」
「ゲッ!?」
「おっ。嬢ちゃんの知り合いかえ」
「おい、コレ、人攫いアル。逮捕するヨロシ」
お団子頭の少女が隣に立つ男を指差す。
「えぇ〜!? わしゃなんもしとらんきに〜」
「とりあえずお前は職質。テメーも逃げんな、クソガキ」
沖田はジロリと男を睨み、逃げようとするお団子頭の少女の腕を掴んだ。
男は自称『社長』らしい。名刺があるとかなんとか言い、ポケットをパタパタと探るが名刺は見つからない。『あれ?あれ?』と首を傾げる男に少女はゲラゲラ笑い「コイツ、馬鹿アル〜。」と騒いでいる。沖田が少女の頭にげんこつを落とすと、「いってェなァ! 何するアル!!」とギロリと大きな瞳で沖田を睨んだ。
「あ〜、身元を保証してくれる人に電話するっちゅうのでもえいがか」
名刺を諦め男は携帯を出した。
「構わねーよ」
沖田がそう答えると、「やっと逃げ出して来たとこやったのに〜」と言いながら発信ボタンを押した。
「あ〜、もしもし、わし。あ〜、なんかの〜、お巡りさんに捕まってしもうての〜、お巡りさんに代わるき、説明しとうせ」
沖田が携帯を受け取りひと通り説明すると、
『任意同行でもなんでもソイツを捕まえといてくれ。なんなら留置場に放り込んでも構わんきに』
と、女の声が聞こえた。
それを伝えると、言われた本人は「ヒドいちや〜」と泣き真似をしている。とりあえず、近くの交番に連れて行っとくから引き取りに来いと伝えると携帯を切った。
「おい。テメーはちゃんと家に帰れよ。テメーんちのアパートの大家に確認の電話入れるからな」
そう言って、掴んでいた少女の腕を放す。
「ちぇっ。わかってるネ」
少女は面白くなさそうにふくれっ面で答えた。沖田はクスリと笑う。
「ほらよ。お子様はそれでも食っとけ」
沖田がポケットに入っていた棒付きキャンデーをヒョイと投げると、受け取った少女はニコリと笑った。
「じゃあな〜。マジメに働けヨー、不良警官」
そう言うと、少女はクルリと背を向け走って行く。
長い影が駆けていく少女の後ろ姿を追いかける。
そろそろ日が沈む。
空を見上げた。
(沖田)
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