2. ご注文はお決まりですか?

 大きな通りから小さな脇道に入ると、ずいぶん昔に作られたらしい水路に沿って道が続く。一本、道を入っただけなのに大きな通りと違ってずいぶんと静かだ。
 
道はそう広くなく、大きな通りからそこに入るとすぐに団地がある。いくつか建ち並ぶその大きな建物が通りからの音を遮っているのかもしれない。

 水路の脇と団地の敷地内に植えられた木が涼しい木陰を作っている。水路の脇の木々はもともと生えていたのか、近所に住む人たちが思い思いに植えたのか、その種類はバラバラだ。立夏もとうに過ぎ、木々の緑は柔らかい若葉の黄緑色から力強い濃い緑へと変わっていた。

 団地を通り過ぎて小さな踏み切りを渡ると住宅地が広がる。

 どこからかフワリと香る花の匂いに視線をさまよわせると、ニセアカシアが1本立っているのを見つけた。少しクリーム色っぽい房になっている花と葉の緑の組み合わせは明るい春を感じさせて爽やかだ。風が吹くとパラパラと小さな花が散る。この季節、ぐんぐん暖かくなるこの気候のせいだろうか。花の命は短くて、数日もすれば茶色く朽ちた花はすっかり散ってしまうだろう。

 水路に小さな橋がかかっていて、その向こうに看板を掲げた石の門がある。看板の字は達筆過ぎて『荘』の字しか読めない。もともとは誰かの屋敷か、蔵か、何かあったのだろうが、門の脇に立てられた小さな看板には『本日のランチ』と貼ってあるのでどうやらレストランらしかった。

 門の奥をチラリと覗いて見るが、その敷地は意外と広いようで砂利をひいた敷地とそこに植えられている木ぐらいしか見えない。詳しい名前わからないが、広葉樹が枝を広げ、初夏の陽光を遮ってユラユラと陰を作り少し薄暗い。民家に紛れるようにして木々に覆われひっそりと建っているそれは『隠れ家』という言葉がしっくりくる。

 看板の『ランチ 2500円』の文字に、たまには悪くないかと思ったりもした。

 カンカン、カンカンと音がして遮断機が降りると、ゴーッと電車が通り過ぎた。なんとなく電車を見送ると、後ろからシャッ、シャッと道を掃く音が聞こえた。

 ゆっくりと音のする方を向くと男がいた。背の高い男で、白いシャツに黒いズボンに丈の長い腰巻きの白いエプロンをしていた。おそらく、目の前のこのレストランで働く男だろう。きっちりとセットされたトサカ頭にサングラスをしている。

 男は散った白い小さな花を掃いていた。柄のあまり長くない箒を持ち、前かがみになって道を掃く。腕捲りをしたシャツから覗く腕にはほどよく筋肉がついている。料理ってのは意外と肉体労働なんだと何かで言っていたことを思い出した。

 もう一度、レストランの方を見た。木々に遮られて店そのものは見えない。門をくぐるのもなんとなく憚られ、そのうち誰か誘ってランチを食べに来てみようかと考えた。

 *

 陽射しは強いが空気は乾いていてそよぐ風は気持ちいい。日陰に入ればひんやりとした空気が頬を撫でる。

 銀時はひとり窓際のテーブルに座っていた。

 大きなガラス張りの窓からは、こじんまりとしたこの店を隠すように囲む木々が植えられた庭が見える。客は自分の他にはちょっと離れたテーブルにポツリ、ポツリと座っていた。店内に流れる音楽に紛れて、微かにおしゃべりや笑い声が聞こえてくる。うるさ過ぎることも静か過ぎることもなく心地よく音は耳に響く。

 ディナーを食べに来たことはないが、ランチはたまに食べに来る。味は悪くないし、気取らないイタリアンというところが気に入っている。こじんまりとした店はセンスよく、客が多すぎないのもいい。どうもランチはおまけのようなものらしく、その日準備していた分が終わればいったん店を閉めているようだ。

 銀時はフォークを置くと、グラスの白ワインをコクリとひと口飲んだ。

 カンカン、カンカン、と遮断機の警報と、電車の通り過ぎる音が小さく聞こえて来た。ユラユラと風に枝が揺れると砂利をひいた庭にポロポロと光がこぼれる。

 もうひと口ワインを飲んでからグラスを置き、フォークを持ち直すとパスタの具のソラマメを刺し、パクリと食べた。ちょっと行儀が悪いかと思いつつ、そのまま頬杖をつき外を眺める。ひとりでする贅沢ってのも悪くねぇよなぁとフッと小さく笑った。

「味はどうでござるか」

 頭上からそう声が聞こえる。あぁ、またかと、顔は上げずに銀時はため息を吐いた。これがなければ最高なのにと思う。銀時は黙々とパスタを食べ続けた。しばらくそのまま立っていたようだったが、気配が消えたのホッとして最後のひと口を食べ終えると、

「デザートとコーヒーでござる」

と、実にタイミングよくソイツは再び現れた。皿を下げ、トンッとデザートのティラミスとコーヒーが置かれた。

(コイツ、どう考えてもおかしいだろう。サングラスしてるし、『ござる』とか言ってるし。)

 銀時は小さく「どうも」と呟くように言った。「味は悪くないんだ。味は」と声には出さずにブツブツ言いながら、ため息を吐き、パクッとティラミスを口に運んだ。ソイツは当たり前のように銀時の向かいの椅子に腰掛けた。

「おいしいでござるか」

 銀時はチラリと男を見やった。視線の端に引っかかった男の手に意外ときれいだなと思った。水仕事だし、多少は荒れているが、いい感じに筋張った手は職人の雰囲気が漂う。長い指は意外と繊細そうで、その先についている爪の形も悪くない。へぇ〜と、ちょっとだけ感心する。けれど、

「…オメーさぁ〜、」

と、くわえたフォークを口から放し、そのフォークをぶらぶらと揺らしながら銀時は呆れたように口を開いた。

「河上」

「は!?」

「河上。拙者の名は河上万斉でござる」

 銀時は思わず男の顔をまじまじと眺めた。

(『ござる』のうえに『拙者』かよ。コイツ、終わってっだろ。)

 フォークを置いて、コーヒーカップに手を伸ばした。銀時はカップの中を覗いて少し驚く。カップの中身はエスプレッソではなく、甘い香りの漂うカフェオレだった。それでも、黙ってそのカフェオレを飲んだ。


「拙者、料理も得意でござるが、」

「……」

「食べるのも得意でござるよ」



 バキィィィィイ!!!



「味は悪くなかったぜ。じゃあな」





―――でん ででんでん でん ででんでん でん ででんでん……


「拙者、これぐらいでは終わらないでござる」



(了)

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