1.春になるとおまわりが増殖します。

 その交差点は、メインの通りに対して4本の道路がぶつかっていてちょっとわかりにくい。さらにその通りは大きな幹線道路へと繋がるのでなかなかの交通量だし、その交差点に関して言えば近所にスーパーや駅があって人通りも多い。

 だからか、そこには交番が設けられていて、あまりに混雑して来るとたまにおまわりが出て来て笛を吹く。

 4月に新しい年度が始まりひと月も経つと、おまわりが街に増殖し始める。冬眠から覚めたおまわりが、春の交通安全ナントカと銘打ち活動を開始するからだ。

 *

「チッ。なんでコノヤローがいるんでィ」

 交番の前に立つ沖田はチラリと横を見やり舌打ちした。

「なんでって、俺の職場だからだろうが。俺に言わせりゃ、なんでテメェがここに研修に来るんだ!? よそに行け。よそに」

 舌打ちした沖田をジロッと睨み返し土方が口を開いた。

「あ〜ぁ、いっそ死んでくれねェかなァ」

「そういうテメェが死んで来い。交差点だけじゃなくあっちに行きゃあ踏み切りもあるぞ。子犬を助けようとして飛び込みましたー。いいおまわりでしたー。って言ってやるよ」

「アンタが飛び込んだらいいんじゃあねェですかィ。俺ァ、痛ェのは苦手なんで。アンタ、好きでしょ、痛ェの。何せ生粋のドMですもんねィ」

「誰がMだ!? 俺ァ、Sだ!」

「いるんですよねィ。自分のことをSだと勘違いしているMが」

「テメッ!」

「おい、トシも総悟もやめないか。勤務中だぞ。俺たちは町の親切なおまわりさんなんだからさー。ニコニコしてないと」

 近藤は交番から出て来ると、二人の間に立つとまるで子供の喧嘩を窘めるようにポンポンと肩を叩いた。

「…すんません」

「へーい」

 今日は朝からよく晴れていて、ちょうど木陰になっている交番から見える高架の線路の向こうにキラキラと眩しい青い空が広がっている。車の音に紛れてカタンカタンと音がして、駅を出たばかりの黄色い電車がのんびりと通り過ぎて行く。

 交番の前を通り過ぎて行く人びとは些か緊張した面持ちで、それはちょっとおかしくて、ちょっと寂しい気もする。別に誰でも彼でも捕まえようなんざ思ってなんかいねェんだけどなぁと思ってみたりして。

 近藤は交番の中に戻り電話を受けている。土方と沖田が交番前に立っていると下の方から声がした。

「おい」

 土方と沖田が黙ったまま前方を見ていると、もう一度「おい」と声がした。

「土方さん、客ですぜ。相手してやんなくていいんですかィ」

「テメェがやれ。そのためにいんだろうが」

「いやぁ、見せてもらいてェなァと思いやして。土方さんの強張った笑顔にガキが泣くとこ」

「総悟っ! テメッ!」

「おい。呼んでいるだろうが」

 再び声がして、二人が仕方なく下を見ると、子供が三人立っていた。

「おい。さっきから何度も呼んでいるだろうが。貴様ら職務怠慢だぞ」

 声の主は、三人のうち土方と沖田がコイツかと思っていた目つきの悪い短髪の少年ではなく、その隣に立つ長髪の少年だった。目つきの悪い短髪を挟んで長髪の反対側に立つもうひとりの少年はちょっと目を惹いた。フワフワとした白っぽい髪に陶器のようなツルンとした白い肌、触るとフニフニと気持ちよさそうだ。チラリと見えた瞳の色は赤っぽかった。

 タンポポの綿毛みてェだなと土方がフワフワした頭を眺めていると、その隣の短髪がギロリと土方を睨み、自分の後ろに隠すようにフワフワの手を引いた。フワフワは「おっと」と小さく呟くとそのまま興味なさげに遠くを眺めている。

「で、何の用でィ。暇そうに見えても俺たちゃ忙しいんでィ。ひやかしだったら承知しねェぞ」

 沖田が三人を見下ろしながらそう言うと、

「用があるから呼んだんだろうが」

 長髪がそう返してきた。

「可愛くねェガキだなァ」

 沖田が面白そうにニヤリと笑った。

「別に可愛くなくとも構わん。俺たちは迷子を捜しているのだ」

「…って、オメェらが迷子なんだろうが」

と、土方が思わず突っ込むと、

「俺たちは三人だが、先生はおひとりだ。この場合、先生が迷子と考えるのが妥当だろう」

と、長髪はキッパリと言い返した。

 沖田は面倒くさそうにあくびをしてから自分を見上げる子供たちの顔を見て、

「どっちでもいいんじゃあねェんですかィ。サッサと捜してお引き取り願いやしょう」

と言った。

 *

「どうだ?」

 近藤が自分の肩に乗る桂に尋ねる。桂は近藤の問いには答えず辺りを見回している。

 三人の会話から長髪が『桂』、目つきの悪い短髪が『高杉』、フワフワが『銀時』で、その『銀時』の保護者である『先生』とやらとはぐれたことがわかった。

 高杉が「ヅラ、見つかんねェのかよ」と近藤に肩車されている桂を見上げて言うと、桂が「ヅラじゃない桂だ。まだ見つからん」と答える。どうやら、二人が「おい、ヅラ」と桂を呼ぶと、桂が「ヅラじゃない桂だ」と返すのはお決まりのパターンらしい。

「オメーらの飼い主は見つかりそうかィ?」

 沖田がもう一度尋ねると、

「わからん」

と桂から返事が返って来た。

 土方がチラリと自分の傍らに視線を落とすとフワフワの髪の毛が見える。よくよく見ると白と言うには少し鈍い色をしている。風に揺れる木漏れ日を反射すると銀色に見えないこともない。ムニムニと柔らかそうな頬の片方が膨らんでいるのは近藤がやった飴玉のせいだ。

 桂と高杉は二人でギャーギャーと言い合うが、銀時はそれを黙って見ているだけであまり喋ったりしない。おとなしいというわけでもなさそうで、二人をチラリと見て、退屈そうにあくびをしたりする。
 土方がなんとなく手を伸ばし、わしゃわしゃとフワフワの頭を撫でると、銀時は顔を上げ土方を見上げた。上目遣いになると眠たげにしていた大きな瞳がはっきりと開き、髪と同じ色をした長い睫に縁取られた珍しい色の瞳が見えた。思わずまじまじとその瞳やもごもごと動く膨らんだ頬やしっとりと湿った唇を眺めていると、突然、土方の脛に激痛が走った。

「ぅおっ! イッてェ〜〜〜!!! 何しやがんだっ!? クソガキッ!?」

「そりゃ、こっちのセリフだ! 馴れ馴れしく銀時に触った上にエロい目で見てんじゃねェ! この変態っ!」

「ハア!? 頭撫でただけだろうがっ!? 誰が変態だっ!?」

「変態だろうがっ! 銀時も触らせんじゃねェ! こっち来い!」

 銀時は脛を抑えしゃがみ込む土方とフンッとふんぞり返っている高杉の両方を見ると、何事もなかったように通りの向こうに視線をやった。

 横断歩道の信号が変わると、背の高いトサカ頭にサングラス、ヘッドホンをした男がズンズンと近づいて来る。

 男は交番の前まで来ると両手を広げた。

「白夜叉、先生でござるよ。さっ、拙者の胸に飛び込んで来るでござる」

 一瞬の間のあと、高杉の跳び蹴りがトサカ頭の男の股間に決まり、男はうずくまっている。土方が銀時に「アレは先生じゃないのか?」と尋ねると、「違うよ」と答え、「あ!」と小さく声を上げた。と、同時に高杉と桂の「せんせーっ!」という声が聞こえた。

 柔らかい物腰のどこか不思議な雰囲気の漂う『先生』はニコニコしながら子供たちに謝り、近藤に礼を言っている。高杉と桂は近藤と話す先生の方を見ていたが、銀時はぼやっとした表情で通り過ぎて行く電車を眺めていた。

「さて、行きましょうか。銀時」

と、先生が銀時に手を差し出すと銀時はおずおずとその手を掴んだ。高杉は少しふてくされたようにその様子を眺め、桂は数歩先で遅いと手招きしている。
 沖田は高杉の頭にポンと手を乗せて、

「オメェ、なかなか見どころあんじゃあねェかィ」

と笑うと、高杉はフンッとそっぽ向いた。

「じゃあな」

という沖田のその声に銀時も振り向き、空いた方の手を振りながら

「バイバーイ。ゴリラー、飴玉あんがとー!」

と笑った。

 *

「で、テメェはどこから来たんだ?」

「拙者は未来から来たでござる」

「は!?」

「坂田銀時専用のストーカー機能に特化したアンドロイドでござる。あ、いや、最近、晋助にナイショで機能を増やしたところでござった」

「あー、すいやせん。ハイ。沖田です。なんかヘンなの捕まえたんでパトカーまわしてくだせェ」

「…なぁ、トシィ、俺、ゴリラって…、」

「近藤さんはゴリラじゃねェよ。ゴリラっぽいだけでゴリラじゃねェから」

「トシ、それ、慰めになってない、」

「ところで帰らせてはもらえんのか? 拙者、任務が途中なんでござるが」



(了)

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