04
この街ではサクラとイチョウがやたらに植えられてるよな、と近藤は思った。
車にエンジンをかけ、上司が現れるのを待つ。
今年の夏はやたらに暑いし長いしでいつになったら秋が来るんだと思っていたが、気がつけば街路樹の葉は色づき、ハラハラと枯れ葉が舞う。
目の前の高いイチョウの樹を眺めながら近藤はため息を吐いた。
扇型をした黄色いイチョウの葉がヒラヒラと舞い落ちる。歩道は黄色い落ち葉に埋め尽くされ、道行く人たちが時おりその足を止め、イチョウを見上げていた。
「おう。待たせたな、近藤。ぼちぼち行くとするか」
後部座席のドアが開き、サングラスをかけたオヤジが乗り込んできた。上司の松平だ。メチャクチャなオヤジではあるが、近藤はこの松平には可愛がってもらっていた。
松平はシートにどっかりと座り、胸のポケットから煙草を取り出す。
近藤はバックミラーで座ったのを確認すると車を発進させた。
「オジサンに厳しい世の中になっちまってよぅ。煙草ものんびり吸えねェや。自分の部屋で吸おうとしたら『署内は全面禁煙ですよ!』って、お茶持ってきたオネエチャンが可愛い顔して怒るんだよ〜。オネエチャンに怒られちゃったらオジサン言うこと聞くしかないしよ〜」
そう言って、百円ライターで煙草に火を点けるとフウーッと煙を吐いた。
「オジサンには優しくしなきゃなんねェよ。オジサンって生き物はこう見えて繊細で傷つき易いんだぜぇ。それでもオジサンたちは、家族のため、世の中のためっつって、ガンバって働いてんだから。なぁ、近藤。世知辛い世の中だぜ」
「とっつぁん、煙草は諦めたらどうだよ。値上がりしたんだろ? それに奥さんや栗子ちゃんにもやめるように言われてたんじゃねェのか?」
「…だなぁ〜。でもよ、近藤。オジサンから煙草と酒とオネエチャンを取ったら何も残らねーから。それ取ったら、オジサンの存在価値なくなっちゃうからよ〜」
松平は外を眺めながらフウッと再び煙を吐いた。車の流れは順調で渋滞に引っかかることもなく進んでいる。歩道を歩く親子連れの脇を自転車に乗った若い男がすり抜けて行く。「危ねェなぁ。もうちょっとスピード落とせよ」と近藤は小さく舌打ちした。
「なぁ、近藤。このままパチンコ屋にでも行くか? 今日は出るような気がするんだよ。オジサンの予言は当たるよ〜」
「いや、とっつぁん、そりゃ無理だろ! つーかよ、俺、クビになったりしねーよな!?」
「テメーはクビならねーよ。クビになるならこのオジサンじゃねェのかなぁ。昨日よ、晩飯ンときにそう言ったらよ、カミさん、黙って荷造りの準備始めてよ〜。愛を感じたよ、オジサン」
「…どんな愛だよ、とっつぁん。いや、でもよ、とっつぁんに責任はねェよ。アンタに面倒はかけたくねェんだよ。責任は俺が取るからよ」
「…近藤。オジサンの仕事っつったらよ。ハンコ押して紙っきれを右から左に移動させんのと、責任とるぐれェしかねェんだからよ。オジサンの仕事を取んじゃねェよ」
「…とっつぁん。すまねェ」
「あ〜、どうすっかなぁ〜。ローンも残ってるしよ〜。そのうち栗子も嫁に、いや、行かせねェ。おい、近藤。クビだと退職金でねェんだっけ? 年金もらえんだっけ? お前、知ってっか?」
「…………」
松平は携帯灰皿に吸い殻を入れ、新しい煙草をくわえると火を点けた。
「向こうに着いたらまたしばらく吸えねぇからな〜」
松平はぼそりと呟いた。
しばらく黙って運転していた近藤がふとバックミラーを確認しようと見たときに松平と目が合った。
「なぁ、近藤。オメー、結婚しねェのか?」
松平は思い出したように近藤に話を振る。
「誰かいい女はいねェのかよ。結婚すっといろんなモン背負うからよ、メチャクチャもしなくなるモンなんだよ。どうだ? いねェんなら俺が探して来てやるけど? オジサンに仲人をさせてくれ。オジサンの最後の頼みだ」
「いや〜、心に決めた人はいるんだけどよ。なかなかうまくいかなくてなぁ〜」
「なにィ!? ヨシ。オジサンに任せろ。どこの女だ? 俺が上手いことやってやっから教えろ!」
「あ〜、とっつぁん、それは自分でなんとかする。けど、仲人はとっつぁんに頼むつもりにしてっから、奥さんに離婚されねェようにしといてくれよ」
松平は苦笑いして、少し顔を上げると盛大に白い煙を吐いた。
冬が近づくにつれて太陽の位置は低くなり、太陽の光は柔らかくなる。空の低いところはうっすら黄みがかった水色で少し寂しげだ。フッと松平の煙草の匂いがした。
「なぁ、近藤。次からはもっと上手くやるようにテメーんとこの沖田に言っとけ。多分、今回はお咎め無しだろうけどよ。次はねェだろうから」
「あぁ、総悟には言っとく。次からはうまくやるさ」
近藤はチラリとバックミラー越しに松平の姿を見ると小さく笑った。
(とっつぁんと勲)
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