*

 競馬新聞がそろそろ出ているはずだとコンビニに行った。新聞と煙草を買う。店を出ると、新聞をパラリと捲りすでに目星をつけていたレースをチェックする。煙草のフィルム包装をペリペリと剥がし箱を開けると1本取り出し口にくわえた。

 勝負師と博打打ちは別の生き物だ。イチかバチかの馬鹿がやるような勝負に出るのは博打打ちで、勝負師はイチかバチかなんてことはやらない。いつだって勝つつもりで勝負に出るし、そのための準備を怠ることもない。食ってくための勝負だから真剣だ。勝負師なんてモンはロクなモンじゃない。阿呆な博打打ちの方がよっぽど可愛げがある。

 例えば競馬の場合、確実に勝とうと思うならその週末の開催で買えるレースはせいぜい1レースか2レースで、買うのはオッズが1.2倍か1.3倍の複勝だ。それに全部突っ込む。決して大穴なんか狙わない。ギャンブルで稼ぐってのはそういうことだ。そこには男のロマンなんてモンはこれっぽっちもない。要は確率と統計が理解できていて、それをスキルとして使える脳ミソを持ってるかどうかだ。

 店の軒先で煙草を吸いながら新聞を眺めていると不安げな表情の男がフラフラと歩いている。その男のナリが変わっていたのも気になりなんとなく声をかけた。

「オイ」

「へっ…?」

「そう、テメェだよ」

 振り向いた男のフワッフワの猫の毛みたいに髪の毛は陽光を反射して銀色に見えるし、こちらを心配そうに見る眸は赤っぽい。

「何やってんだ?」

 男の頭のてっぺんから爪先まで眺めながらそう訊いてから煙草をゆっくりと口から離した。男は躊躇いながらおずおずと「……えぇっと…」と口を開いた。

「…あのさ……、ココどこ?」

 そう言ってヘヘッと照れくさそうに笑う。

「…オイ、ワタシハダレ?なんてつまんねーこと言うんじゃねェだろうなァ」

 ふざけてんのかと男をジロリと睨む。

「言わねーよ。名前は忘れてねぇもん」

 そう言って、男は子供みたいに頬を膨らませた。面白ェなァと笑うとますます頬を膨らませた。

「へェ〜そうかい。じゃあ、その名前とやらはなんて言うんだ? 俺ァ高杉だ。高杉晋助。高杉でも晋助でも好きなように呼べ」

「あ〜…俺は坂田…坂田銀時デス…」

 男の顔をまじまじと眺めてから「そりゃちょっと狙い過ぎだろ」と笑うと「うるせーよ」と返事が返って来た。

「ま、名は体を表すの典型でいいんじゃねェのか? なァ、銀時」

 納得がいかないといった様子でふてくされている銀時に「メシ食いに行こうぜ。腹減ってんだろ」と言うと、「え? 別に…」と言いかけた銀時の腹がグゥと鳴った。バツが悪そうにこちらを見る銀時に「行かねェのか」と声をかけると「行くっ」と返って来た。

 馴染みの店の戸を開ける。「ちょ、高杉、まだ暖簾出てねぇぞ」と銀時の声が後ろからしたが、「構わねェよ」と中に入り、カウンターの向こうのオヤジに「なんか食えるか」と訊くと「おう、食えるぜ」と返事が返って来た。後ろに立つ銀時をチラリと見やりオヤジに「コイツにも頼む」と言うと、オヤジは「わかった」と言い銀時に俺の隣の席を促し「兄さん、なんか食えねェもんはあるかい?」と訊いた。銀時が落ち着かない様子で「なっ、ないっ」と答えると、「じゃ、待ってな」とニヤリと笑った。

 銀時は「旨ぇ、旨ぇ」と次から次に寿司を食った。「こんなに旨ェ寿司食ったことねぇよ」と喜ぶ銀時に気をよくしたオヤジは次から次に握ってやり銀時が満足したところで「馳走になったな」と札を数枚置いて店を出た。

「高杉、オメーさ、金持ちなの?」

「さァな。食うのに困らねェぐれェは持ってるかもなァ」

「えー!? 高ェんじゃねぇの? さっきの寿司とかさぁ。オメー、金持ちだろー?」

「同じ食うなら不味いより旨ェ方がいいだろ」

 そう答えてから煙草をくわえ火を点けた。

 迷子の銀時のホントのところはわからない。面倒臭いことは訊いたりしない。ガキってワケでもないし、喋りたきゃ喋るだろう。そうしたら聞きゃあいい。行く当てのなさそうな銀時に「ついて来るか」と訊けば「うん」と頷いたので、「じゃあ、ついて来いよ」と柔らかそうな銀色の髪の毛をクシャリと撫でた。

「高杉さぁ、やっぱ金持ちってことでもねぇの?」

「なんでだ?」

「金持ちそうな家じゃねぇもん」

 銀時はキョロキョロと部屋を見渡す。ごく普通のアパートだからそれはそうかもしれない。

「家なんざ雨風しのげりゃ十分だろ」

「ふぅん、そんなもん?」

「そんなもんだよ。俺ァやることあっからあとは好きにしろ」

 銀時は「好きにしろっつって、オメーの部屋、本ばっかで面白ェもんなんもねぇじゃん」とぶつくさ文句を言いながらしばらく部屋の中をウロウロしたあと、日当たりのいい窓際にまるで猫のようにころんと転がった。いつだったか気まぐれに餌をやった白い猫を思い出した。

「起きろ」

 くうくう寝ている銀時を起こした。もぞもぞと起き上がりボリボリと頭を掻く。昨日も思ったが猫みてェだなと寝ぼけ眼の銀時を眺めた。昨日の夜、「この家にはまともな食いモンはねぇのかよ!?」と銀時がブリブリ文句を言いながら作ったシチューの残りを朝飯にして「出かけるぞ」と部屋を出た。

「どこ行くんだよ」

「金を稼ぎに行くんだよ。ま、テメェの暇つぶしにもなると思うぜ」

 電車をいくつか乗り継ぎ競馬場へ行く。競馬場が汚かったのは昔の話で、今は芝生のきれいな公園って感じもしないことはない。

「競馬場ってもっと汚ねぇとこかと思ってた」

「あぁ、昔はな。儲けた金できれいにしたらしいぜ。外側だけな」

 そう、きれいになったのは外側だけで、ヤジを飛ばす小汚いオヤジは相変わらずいる。

「テメェも買ってみろよ。面白ェかもしれねェぜ」

 そう言って「ほらよ」と競馬新聞を渡す。「オメーはやらねーの?」と訊く銀時に「俺ァ昨日のうちに買った」と答えると「へ? そうなの?」と赤い眸をクルクルさせた。

「競馬って好きな数字選ぶとかじゃあねぇんだな」

 銀時が眉間にシワを寄せ難しそうな顔をして競馬新聞を睨んでいる。

「そういう買い方をするヤツもいるけどな。そういうヤツは当たんねーよ」

「高杉は違うのかよ?」

「そうだなァ。少なくともラッキーナンバーとか誕生日とかでは決めねェな」

「ふぅん。つうかさ、馬の名前以外何書いてっか全ッ然わかんねーんだけど」

「馬の名前の両隣にちっさくあんのがその馬の父ちゃんと母ちゃんの名前。父ちゃんと母ちゃんの名前からソイツの血統がわかる。で、体重、厩舎に乗る騎手の名前。予想屋のしるし。これはあんま当てにはならねェ。それからここ最近のレースの結果な。どの開催でどのレースだったか、着順、レース展開に上がり3ハロンのタイム。それらの情報を使って勝ちそうな馬を選ぶ」

「なんかすげー考えることがいっぱいあんのな」

「まぁ、テメェの好きに選べ。どの馬に賭けたって構わねェんだから」

「なぁ〜、馬券買うのにこんなに真剣になれんだったら株とかやれんじゃねぇの?」

「バーカ、馬如きに真剣になるからいいんだよ」

「そうかなぁ」

「このバカバカしさが俺みたいな野郎にゃ似合ってんだ」

 銀時は「ふぅん」と気のない相槌を打って新聞に視線を戻した。

 銀時はビギナーズラックでいくつか当てた。なかなか楽しかったらしい。満足そうな顔で日の傾き始めた競馬場をあとにした。

 それから何日か銀時はうちにいた。ゴロゴロしたり、メシを作ってみたりしていた。銀時は何も喋らなかったし、俺は訊かなかった。そして、銀時はふらりと帰って行った。どうやら道を見つけたらしい。

 競馬新聞がそろそろ出ているはずだとコンビニに行く。新聞と煙草を買う。店を出ると、新聞をパラリと捲りすでに目星をつけていたレースをチェックする。煙草のフィルム包装をペリペリと剥がし箱を開けると1本取り出し口にくわえる。

 そして、迷子を見つける。

「…えぇ〜と、ココどこ?」

「ワタシハダレ?とは言わねェのか?」

「言わねーよ」



(『ねーみみこ、現実主義の遊び人と迷子の青年、二人にとって幸せな結末の話書いてー。 http://shindanmaker.com/151526』というお題から)

[ 20/53 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -