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「のう、」
「ん〜?」
数枚のプリントを順番に重ねるとトントンと揃え、パチン、パチンとホチキスで留める。
「のう、金時、」
「銀、な。ぎ・ん。銀時だから。いいかげんにしろよ。しかも職場だしよ。ガキどもに聞かれて面白がられたら面倒だろうが」
「ほりゃ、大丈夫。わざとやもん。そがぁなヘマはせんよ」
「…死ね」
「ひどいのー」
「ひどいのはテメーのアタマだろうが」
「もじゃもじゃはおんしもおんなじやろ」
「そのアタマじゃねぇ。中身の話をしてんだろうが」
南向きに建てられた校舎を薄く西日が照らし、放課後の静かな教室に射し込む寂しげな陽光は長い柱の影を作っていた。銀時と坂本しかいない教室は静かで、野球部だろう、カキーンという金属バットでボールを打つ音と微かにかけ声が聞こえてくる。銀時は若いっつうのは損だよなぁと、『ひとりモンは暇でしょ』と自分と同様に押し付けられた雑用をしている同僚兼幼なじみをチラリと見やり、ため息を吐きながらパチン、パチンとホチキスでプリントを綴じた。
「なあ、なんか、言いてぇことがあったんじゃねぇのかよ」
銀時は自分の手元を見ながら、作業の手を休めることなく坂本に話しかけた。
「ん? あぁ。なんやったっけか?」
坂本は手に持ったプリントを綴じると、顔を上げ銀時を見た。
「俺が知るかよ。 手ェ止めんな」
「あぁ、ほうじゃ、おんし、土方くんとは仲ようやっちゅうかえ」
坂本は銀時のふわふわの頭を眺めながらすましてそう言うと、再び作業に戻った。
「何かと理由をつけちゃ人ンちにやって来て引っ掻き回して帰って行くオメーがそれを言うのか!?」
「ほれ、ほれ、金時、手が止まっちょる。終わらにゃ帰られんよ」
坂本はチラリと目線を上げ、さも愉快そうに笑うと、とぼけた調子で続けた。
「それに、おんしの家に行くんは、わしだけじゃないろうが。高杉もヅラもやし。ほれ、なんちゅうたかの、かわええ顔したおまわりさん」
「沖田」
「あぁ、沖田くんか。そうやった。そうやった」
銀時は何を言っても無駄そうだなと、諦めたようにため息を吐くと視線を落とし、プリントを一枚ずつ取って行く。気がつくと教室はずいぶん薄暗くなっていて、銀時は見にくそうに眉を寄せると目を細めた。いつの間にか部活も終わっていて、さっきまで聞こえていたボールを打つ音もかけ声も聞こえなくなっていた。汗にまみれたガキどもは、今ごろどこぞのコンビニでから揚げやら肉まんやらを頬張っているのだろう。坂本はホチキスで綴じたプリントを置くと、やれやれといった表情で自分と同じ作業をする銀時を眺めた。薄暗い教室に浮かび上がるような白い手が規則正しく動いて薄い冊子を作っていく。左手の人差し指に赤いペンのインクがついている。白い指先にチラッ、チラッと見える赤がやたらに目立った。
「…ったくよー。オメーらは何がしてぇんだよ。迷惑なんだけど。マジ迷惑なんだけど?」
坂本の視線に気がついたのかブツブツと銀時が口を開く。
「迷惑とはひどいちやー。土方くんとも仲ようなりたいなーって。それだけちや。」
「いや、違うだろ。何もかもわかったうえで、邪魔しに来てるだろうが。」
「あ、バレてた? だっておもろいやろ、人のことは。ま、おもろうないと思っとるのもおるけどなぁ」
「チッ。タチ悪ィな。死ねよ、もじゃもじゃ。マジで死ね。消えてしまえ」
アハハと笑う声がして、ガタリと音をさせ坂本が立ち上がった。キョトンとして銀時が坂本を見上げた。
「? 何?」
「ん? 暗うなってきたき」
坂本は天井を指差した。そして、教室の入り口にあるスイッチの方へとゆっくりと歩く。銀時は「あ」と呟く。窓の外は少し暗くなってポツポツと街灯が灯り始めていた。太陽が沈み始めると世界は急速に色を失い、シルエットでその世界を描く。太陽まだ沈みきってはいなくて、空の高いところは青さが増し、低いところは青みがかったオレンジ色している。あぁ、美しいなと思ったとき、パチンと音がして教室が明るくなった。
「で、土方くんとは仲ようしちゅうがか?」
「してる。してる」
「なんや投げやりな答えやの〜」
「ぁあ!? 仲よくやってんだから問題ねーだろ」
「ケンカは?」
「しねぇ」
「ほうか」
「ンだよ?」
「ん〜、ほら、『それを言っちゃあおしめェよ』ち言うたエラい人がおったやろ」
「エラいっつうか、どっちかっていうと日本を代表するダメな人だろ、ソレ。で、それがどうかしたのかよ」
「ありゃあ、一理はあるけどそれだけやと思うちや」
「ふうん。だから何?」
「それが正解やないっちゅうことちや」
「は?」
「おんし、国語の教師なんやろ。自分の頭でよう考えりや。のう、銀時」
坂本はニヤリと笑うとポンと銀色の頭に手を置いた。銀時はチラリと坂本を見やると、小さく笑った。
「ほんならさっさと終わらせて帰るかの」
空は藍色で沈んだ太陽の光が僅かに残る。風でカタカタと窓が揺れた。次に顔を上げたときには、空はすっかり夜の色になっているだろう。
(了)
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