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山崎は窓口に視線をやった。今日も気の毒な男女が固まっている。女は頬を赤らめ、その女を見た男は茫然自失となる。将来を誓い合って希望に満ち溢れてここにやって来ただろうに。それというのも窓口にいる男のせいだ。真っ黒な髪に鼻筋の通った整った顔立ち、ようはイケメンだ。それも『ちょっとあの人カッコいいよね』なんてレベルではない。ハンパない男前だ。窓口に座っているその男はあくまでも事務的に『婚姻届ですか?』などとニコリともしないで尋ねる。
『土方十四郎』、アイツを戸籍係にしたヤツは誰だ。
山崎は思った。
ダメだろう。あんなの戸籍係に置いてちゃ。しかもあの人、自分がイケメンだっつう自覚ないし。前に女の人が土方さんの手から婚姻届もぎ取って帰って行ったことがあった。男の人の方は立ち尽くしていたっけ。あぁ、悲惨だ。あの2人はどうするんだろう。
山崎はため息ついてデスクに視線を戻した。
土方には『同居人』がいる。彼は土方とは何もかもが正反対だ。
彼は、白い。
綿毛のようなフワフワの銀髪、日本人離れした象牙のような白い肌、そして紅い瞳。
彼は美しい人だ。
彼は『どっかの誰かさんみたいにはモテない』とよく言っているが、きっとそれはちょっと違う。男も女も彼には魅せられる。多分、彼が美しいから彼の領域に踏み込んで行くのを躊躇うのだ。あの窓口の男はそんなことお構いなしだったんだろう。きっとズカズカと入り込んで行ったに違いない。
なんつうか、空気、読めなさそうだもん、土方さん。
そういやあの人に犬がえらいなついてたこともあったっけ。
あの人の魅力は種族をも超えてんのか?
ある意味、恐ろしい。
それはさておき、山崎は単調な事務仕事をしながら考える。その儚げな姿とはうらはらに彼は飄々として人なつこく、彼の周りには人が集まる。あの人の周りはいつもにぎやかだ。容姿と性格のギャップも魅力なんだろう。土方がその様子をしばしば苦々しい顔で見ていることを山崎は知っている。土方にとって白い人はただの『同居人』ではないのだ。窓口にやって来る女たちが頬を赤らめようが、提出しようとした婚姻届を土方の手からもぎ取って帰ろうが、土方は美しい白い人しか見てないのだろう。
さっきの気の毒な2人はどうやら婚姻届を提出して帰ったようだった。山崎は他人事ながらホッとする。
「すいやせん。戸籍抹消の手続きをしたいんですが」
今日の業務もそろそろ終わりというころ、山崎が地味な事務仕事に勤しんでいると窓口から声がした。このしゃべり方は沖田だ。
「誰のだ。てめぇのか、総悟」
「違いまさァ。アンタのでィ、土方さん」
「何しに来た?」
「近藤さんが久しぶりに飲みてぇらしいんでさァ」
「…近藤さんの誘いなら仕方ねぇ。外で待ってろ」
「へィ、わかりやした。山崎ィ、テメェも来いよ」
どうやら俺に拒否権はないらしい。
山崎はため息をついた。
土方と山崎が外に出ると沖田はパーカーのポケットに手を突っ込んでガムで風船を作っては割りを繰り返していた。あれでも彼は『お巡りさん』らしい。
「あぁ、土方さん、旦那も飲み会だそうですぜィ」
土方と山崎の姿に気づくと、沖田は不敵な笑みを浮かべた。
「なんでお前がンなこと知ってんだ」
山崎は小さくため息をつく。
土方さん、沖田さんを殺しそうな勢いなんですけど。沖田さんの場合、空気が読めないんじゃなくて『読まない』からなぁ。土方さんにあんな顔されて平気なの沖田さんぐらいだよ。絶対ワザとだし。旦那絡みで怒らせて面白がってるよ、あれは。
「そりゃあ、旦那とはマメに連絡を取り合う仲なんで。今日もよかったら一緒にどうですかってフツーに連絡してみただけですぜィ」
不機嫌そうな顔で沖田をちらりと見ると土方は携帯を取り出した。沖田は相変わらず不敵な笑みを浮かべ土方を眺めている。どうやら電話が通じたらしい。土方の表情が和らぐ。沖田は『見てらんねぇや』と呆れる。
どうやら今夜の旦那の飲み会のメンツが土方さんは気に食わないらしい。『断れ』とかなんとか言っているのが聞こえる。
あぁ、あの人たちだ。
あの人たちも旦那のこと好きだもんなぁ。
まぁ、確かにあの美しい人を独り占めされたままなのは面白くない。
前途多難そうな土方を気の毒に思いつつも、みんなの旦那だからなぁと思う山崎であった。
(了)
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