02

 バイトまでまだ少し時間がある。

 銀時はフェリー乗り場の近くにある店でフィッシュアンドチップスとコーラを買うと、穏やかな湾に面した公園の日当たりのいいベンチに腰掛けた。春の柔らかい日射しと頬を撫でる風が心地いい。

 湾を挟んで右手には、風をいっぱいにはらんだ帆のイメージしたという有名な白い建物が見える。

 某国のライオンの顔をしたアレはかなりガッカリするらしいが、この建物は期待を裏切らないと思う。少なくとも自分は裏切られたとは思わなかった。こちら側からはあの特徴的な屋根は見えないけれど。

 そして、反対側には同じくらい有名な橋が少しだけ見える。曲線と直線で繋がれた鉄骨が描く図形が美しい。いくつもの図形が規則正しく繋がりさらに複雑な図形を描き、それらはやがて大きく美しい弧を描き陸と陸を繋ぐ橋になる。

 いつだったかフェリーから見たあの橋はえらく美しかった。海にかかる大きな半円を眺めながら、なんとかいう関数のグラフがあんな形だったよなぁと思った。ちょっと風変わりな数学教師がうっとりと「こういうのを美しいってんだ。わかるか?」と授業で言っていたが、今なら少しだけそれがわかるような気がする。確かにあの橋は美しい。

 コーラをひとくち飲んでから魚のフライを口の中にポイッと放り込んだ。なんで店に塩や胡椒、ケチャップなんかが客の手の届くところに置いてあるのかと言えば、自己責任で味付けするためだ、と思う。

 この国の食べ物は、大抵の場合、塩が足りない。甘味はこれでもかと言うほどしっかりとしているのに、なぜか塩は足りない。今日も塩と胡椒をかけておいて正解だった。

 さっき出会った日本人もきっとそう思うだろう。そして、最初は我慢しても、そのうち高い金を払い賞味期限ギリギリの日本の食品を買うようになるに違いない。うんざりとした表情を浮かべる彼を想像するとクスリと笑いが漏れた。

 ワーキング・ホリデーの制度を使ってここに来てみたが、なかなかしんどい経験だった。思い付きですぐに来たりしなくてよかったとしみじみ思う。忠告してくれた友人に感謝しているが、礼は言わない。確かヤツはケアンズのラーメン屋に居候してるはずだが知ったことではない。アイツには必要以上に関わらないことが重要だ。

 息苦しくて脱出したはずの国が恋しい。居場所がないと感じて飛び出したけれど同じことだった。飛び出した場所以上にここにも自分の居場所はない。いつまでも経ってもよそ者のままだ。ないと思い込んでいただけで、あそこに居場所はあったのかもしれない。

 銀時は最後のフライドポテトを口に放り込み、グーッと背伸びをした。小さな女の子を連れた明るい髪色の女の人と目が合った。「Hi!」と笑顔で言うと、彼女も「Hi!」と笑顔を返してくれた。彼女と手を繋ぐ小さな女の子にヒラヒラと手を振り「Bye-Bye」と言えば、彼女はにっこりと笑い手を振り返してくれた。

「さて、と、……、」

 銀時は立ち上がり、ベンチのすぐ脇に置いてあるゴミ箱にポイッと紙袋を丸めて投げ入れた。コーラのペットボトルを片手に歩き出した。

 さっき話しかけたとき面食らったような顔をしていた彼もしばらく経てば、きっと誰かと『日本語』で話したくて仕方がなくなるだろう。

 自分の雇い主である店主のあの人はどうなんだろうなと、いかにもついてなさそうなサングラスの冴えないオッサンを思い浮かべた。

 ちゃんと就労ビザ取って働かないかと誘われたけど、やっぱり帰りたいと思う。

「俺が帰ったら、あの店、間違いなく潰れるなー」

 空を見上げ独り言を言う。そして、明るい空に泣きそうなオッサンの顔を思い浮かべてプッと笑った。



(銀時)

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