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―――気づいていなかっただけで街は銀色で溢れている。
ため息を吐くとポケットから煙草を取り出した。中を見て舌打ちする。
「オイ、やま…」
地味〜な部下の名前を呼びかけて再び舌打ちした。『山崎』と書いて『俺のたすぽ』と読むアイツがいねェと自販機で煙草が買えねェじゃねェか。肝心なときにいねェとか何のための山崎だ。とりあえず見つけたら殴る。
仕方なしに通りの向こうに見えたコンビニで買うことにした。店に入り「煙草くれ」と番号を言うと、不慣れそうな店員が棚から煙草を取り出す。バーコードを読み取るとピッと音がして「画面の年齢確認のボタンを押してください」と言われた。この俺が煙草を吸えねェようなガキに見えんのかとムッとしてチッと舌打ちすると店員がビクッとしたが知ったこっちゃない。ムカつきながら押してやりカネを払うと店を出た。ペリペリと包装フィルムを剥いていると「あれっ?」と声がした。
「よぅ、仕事か? 毎日毎日ごくろーさん」
話しかけて来たヤツをチラッと見やってからハァとでけェため息をわざと吐いて、煙草を口にくわえながら「テメェに労って貰う謂われはねェ」と返すと、「何やってんの? 手伝ってやろうか? 探しモンとかなら得意だぜ」と何が面白いのかハハハと笑う。カチリと煙草に火を点けてからもう一度ため息を吐き、「…近藤さんを探してんだよ」と諦めて答えた。
「あのゴリラ、今日も元気にストーキングしてんじゃねぇのか? 新八んちは?」
「もう行った。いなかった。つうか、近藤さんはゴリラじゃねぇから」
「あっそ……じゃあ、訊いてみりゃいいんじゃねぇの? おーい、久しぶりだなぁ。オメーさぁ、ゴリラ見なかった?」
俺がヤツを止めようと「万事屋」と声をかけるより先に、ヤツは顔見知りらしい男に声をかけていた。
「よぅ、銀さん、久しぶりだな。ゴリラ?」
「そ、アイツらんとこのゴリラだよ」
と、俺を指差す。
「あ、あぁ。見なかったなぁ〜」
万事屋に話しかけられた男は答えると、俺をチラッと見てヘヘッと笑いペコリと頭を下げた。万事屋のヤロー、面倒くせェことしやがってとバレないように舌打ちをしたが、万事屋は男に「じゃあな」と手を振り「このヘンにゃいねぇみてぇだなぁ」と脳天気に喋る。
気がつきゃ万事屋のペースにすっかり乗せられ「構うな」とも言えずに街を二人で歩くハメになっていた。喉が渇いたの、腹が減ったの、単にたかってるだけだろうがと思いつつ飲んだり食わせたりしてやる。近藤さんを探してんだか、コイツに食わせてんだかわからねェ。
『銀さん』
『銀ちゃん』
『銀時』
コイツと街を歩いていると次から次に声をかけられる。まあ、当たり前と言えば当たり前なんだろうが、よくもまあってぐらい声をかけられる。万事屋は声をかけられるたんびに「ゴリラ、知らねー?」と訊き、俺はそのたんびに「近藤さんだ」と訂正する。そうやってしばらく歩き回ってみたがゴリ…じゃねェ、近藤さんは見当たらなかった。
「いねぇなぁ〜」
「そうだな」
ポケットから煙草を取り出し1本くわえる。火を点け、深く吸い込んでから煙をフーッと吐き出した。
「もっぺん新八んちに行ってみるか? ゴリのヤツ、竹槍ルームでプルプルしてるかもしれねぇし」
「そうだなァ……」
万事屋がクスリと笑った。ちょっとムッとして「何がおかしい?」と訊くと、万事屋は「おかしかねぇよ、お前も大変だなぁってだけだよ」と答えた。
「お前が大将やっちゃえば。そうすりゃゴリラも思う存分ストーカー活動に専念できっだろ」
万事屋が銀色の頭をふよんふよん風に揺らしながらそんなことを言う。
「阿呆か。俺たちの大将はあの人なんだよ」
万事屋は少し俯き「へぇ〜…」と相槌を打った。少し羨ましそうに聞こえたその相槌にコイツの過去みたいなモンが頭をよぎったが黙っていた。ここで話すようなことじゃねェだろうし、ここでなくたってコイツと俺とが話すことじゃねェだろうと思う。人間、それなりの長さ生きてりゃ、なんだかんだと背負いこんでいて当たり前だろう。わざわざ訊くまでもねェ。なんかなしわかってりゃそれで十分だ。
「あれ? トシ? おっ、銀時も一緒か? なんだよ? なんだよ? お前ら何やってんの? ずりィなァ。俺も混ぜてよ」
声がして振り向くとバナナの入った袋をぶら下げた近藤さんが立っていた。
「混ぜてよじゃねェよ、近藤さん。アンタを探してんだろ」
「えっ? マジで? なになに? なんかあんの?」
近藤さんがガキみてェに俺に訊くと、万事屋がちょっと呆れたみたいに「おい、ゴリラ」と近藤さんにツッコミを入れた。
「副長サンはオマエがいなくて仕事になんなくて困ってんでしょーが」
「だってよぅ。つまんねーじゃん。こんなに天気いいのによぅ、屯所に籠もりっきりなんてよぅ」
「そんな喋り方したってちっとも可愛くなんかねーぞ、ゴリラ」
「ちょっと、銀時くん? 俺はゴリラなんかじゃありませんッ! 勲ですッ!」
「バナナぶら下げて何言ってんだ? ゴリラだろうが。どこからどう見ても檻から抜け出したゴリラだろうが。黙って檻に帰れ、ゴリラ」
「銀時、お前ね、そういうことを言っちゃあいけませんって先生に言われなかった? 人のイヤがることをしちゃいけませんって。学校で習ったでしょーがッ」
近藤さんと万事屋のガキっぽいやりとりを眺めながらため息を吐く。ポケットを探り煙草を出す。そして、気づく。
『銀さん』
『銀ちゃん』
『銀時』
皆、そう呼ぶ。そりゃそうだろう。それがソイツの名なんだから。
で、ちょっと考えてみる。
コイツの知り合いがコイツの名を呼ぶのは当然っちゃ当然だろう。アイツらはどうだ? 総悟のヤローが面白がって『旦那』なんて呼ぶから真似して呼ぶヤツが増えた。山崎まで『旦那』と呼んでいる。
…………。
山崎、あとで殴る。
「銀時ィイイ〜〜〜」
「だーッ! ウゼーッ! っていうかキモい!!!」
だから、近藤さんだって『銀時』と呼んでいる。
そう、『銀時』と。
…………。
ちょっと待て。
もしかして、いや、もしかしなくても、俺だけ!? 『万事屋』呼び、俺だけ!? えぇ!? 俺だけェ!?
いや、別にいいんだ。いいだろう。どう呼ぼうがそれは人それぞれだろ。そう。いいはずだ。『万事屋』でいいじゃないか。いや、でも、なんか面白くないっつうか…。イヤイヤイヤイヤ…、仲間ハズレとか、寂しいとかそういうんではなくてだな。だから『万事屋』で構わねー……なら『銀時』でも構わねーってことだよな。
アレ?
そう。『銀時』で構わねーんだよ。
近藤さんと『銀時』は相変わらずガキみたいな喧嘩をしている。近藤さんは躊躇うことなく『銀時』と連呼している。ていうか、近藤さんとコイツはいつからこんなに仲良くなってた!? 俺、なんか取り残されてる!? コレ、取り残されてるよね!?
そうだ。さりげなく呼んじまえばいい。『銀時』と。そう、みんな呼んでんだから呼んでしまえば誰も何も疑問なんか感じないはず。だから、サラッと『銀時』と。
「おッ、おいッ、何やってんだよ、近藤さんも、ぎッ、ぎッ、ぎんッ……万事屋もッ」
……無理だった。
「お? どうした? トシ?」
「いや、なんでもねェ…」
「あっ、そうだっ! 銀時、飲みに行こうぜ」
「えーっ!? テメーの奢りなら考えなくもねぇけど」
「トシもどうだ? 行くよな?」
「おッ、俺かッ? ぎッ、ぎッ、…ぎんッ……とッ……万事屋が構わねーなら…………」
無理…。無理でした。
「俺はオメーらの奢りだったら構わねーよ。だからそう言ってんじゃん」
「なーなー、行こうぜー。カネぐらい俺が出すからよー」
何故、何故だ。何故、言えない。『銀時』だ。『銀時』。カンタンじゃねェか。たったひとことじゃねェか。ぎ・ん・と・き。ホラ、言えんじゃねェかよ。さりげなく。そう、さりげなくだ。サラッと。サラッと言っちまえばいい。絶対、誰も気づかねェよ。俺が『銀時』って呼んだって誰も気がつきゃしねェよ。だから呼んじまえよ、『銀時』ってよ。
「俺、旨いモン食いてぇんだけど」
「おっ、いいぜ、いいぜ。こないだとっつぁんに教えてもらったちゃんこの店に行こうぜ」
「って、オメーんとこの大将、言ってっけど?」
「あ、あぁ、じゃあ、行くか? 今日はどうせ仕事になんかなんねェし」
よ、呼べねェ…。
「? どうかした?」
「いや、どうもしねェ…」
「ふーん。じゃ、行こうか? 土方くん?」
――街は銀色で溢れている。俺が知らなかっただけで。
(了)
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