#01 (R18 閲覧注意)
※ヌルいですがそういう表現を含みます。
土方が煙草を買いにぶらぶらと歩いていると、銀時にばったり会った。銀時に会ったのは久しぶりだった。銀時はちょっと離れた町の大学に進学していた。高校の卒業式以来会ってなんかない。『じゃあな。』も『またな。』も何もないままだった。
「あ、…」
乾いた風にフワリと銀色の髪が揺れた。土方も驚いていたが、それは銀時も同じようだった。
「…久しぶりだな…」
「…ん」
「…帰って来てたのか?」
「そんな遠いワケでもねぇし、ま、ちょくちょく帰って来てはいんだけど、…」
「そうか…、…時間は? 時間はあんのか?」
「ん、まあ…」
「少し歩くか、」
「あ、あぁ、いいけどよ…、お前、どっかに行くとこだったんじゃねぇのか?」
「別に大した用じゃねェんだ。煙草買いてェだけだったから。」
「そっか…」
そう言ったっきり会話もなく二人肩を並べ歩く。なんとなく学校帰りによく寄っていたコンビニへと足は向いていた。
* * *
始まりは単なる好奇心だったんだと思う。
小学校のとき、銀時がこの町に引っ越して来てから高校を卒業するまでずっと一緒だった。いつも一緒に遊んでいたが、だんだんと成長してくれば、むけたのむけてないの、生えたの生えてないのから始まり、エロ本だのAVだの、普通に興味を持つようになる。
このご時世、情報はそこいら中に溢れかえっている。それが有益でもそうでなくても。
そして、それらはいともカンタンに手に入る。
『なぁ、ヤってみねェか。』
『あぁ、かまわねーよ。ヤってみる?』
俺が突っ込まれるのは嫌だと言えば、銀時はいつもの調子で興味なさそうに『俺はどっちでもいいよ。』と言った。
詳しい事情なんてのには興味がなかったからよくは知らないが、銀時に親と呼べる存在はなく、小さなスナックを経営しているババアが親代わりだった。
夜はババアは仕事で家にいないし、銀時の部屋は離れになっていたので入り浸るにはもってこいだった。
意外と人望のあるババアのおかげか、銀時の家に行くと言えば親も何も言わなかった。
それはゲームのようなものだと思っていた。
少なくとも俺はそう思っていた。
部活の帰りだったり、彼女とのデートの帰りだったり、俺はフラリと銀時の部屋へと寄った。
銀時は何も訊かない。訊くとすれば『なんか食う?』ぐらいだ。
銀時は俺が手を伸ばせばいつもそれに応じた。
銀時からはふわりと石鹸の匂いがしていた。少し湿った柔らかい銀色のくせ毛は大きくうねる。髪の毛より鈍い銀色をした睫は間近で見ると意外と長かった。
そして、蛍光灯のひんやりとした弱々しい白っぽい光の下では、銀時のほんのり紅を差したような頬と薄紅色の厚くも薄くもない形のいい唇はやたらになまめかしく感じられた。
『んじゃ、ヤろっか。』
そう言って銀時はこちらに背を向け服を脱ぐ。そのへんの女なんかよりずっと白い銀時の背中はボウッと白く光って見えた。
『お前さ。いっつも風呂済ませてんのな。』
薄暗い部屋のギシギシと音をたてる安物のパイプベッドの上で銀時のしっとりとした白い胸に手を這わせながらなんとなく訊いた。
『勘? そろそろお前が来るかなーってな。お前さー、まっ平らな胸触って楽しい?』
『わかんね。でも、触りてェ。』
『ふぅん…』
銀時はそう小さく呟くように答えると、ほんの一瞬キュッと眉を寄せ、そして、切なそうに笑った。
男同士っていうのは不便だ。挿れる自分もツラいが、挿れられる銀時はさらにツラいはずだ。けれど、繋がってしまうと堪らなく気持ちよくて、この行為をやめる気にはなれなかった。
『…クッ、…ハァッ…』
銀時が苦しそうに小さく息を漏らす。白い手がギュッとシーツを掴むと、その白い指先はますます色をなくした。肩が僅かに震える。
『ッ…、銀時…、…痛ェか?』
細い腰を掴んだまま訊いた。
銀時は俺に気づかれまいとシーツに顔をうずめて小さく小さく息を吐く。白い背中に手を伸ばすと汗でじっとりとしている。『おい。』と小さく銀時を呼び、そっと背中をなぞる。
『ッ平ッ…気、…それよかッ、全部…、入っ、た、の、かよ…、…ッフウ…』
『…あと、もうちょい…』
『ハァッ…、な、ら、さっさとッ…、しろよッ…』
その言葉にグッと腰を進めると、耐えきれずに銀時の口から呻き声がこぼれた。
耳元で『入った』と囁けば、銀時は苦しそうに息を吐いたあと、少しだけ顔をこちらに傾けた。銀時の赤茶けた瞳の片方がゆらりとこちら視線を向ける。ガラス玉でもはめ込んだみたいな銀時の瞳からは感情は読み取れない。
『…ッ、動けよッ、……フッ…』
銀時の瞳からポロリと一滴、涙がこぼれ落ちる。それは部屋の僅かな明かりにキラリと光った。俺は静かに閉じられて行く瞼を見ていた。一瞬の出来事だろうにスローモーションのように瞼はゆっくり下がって行く。瞳の奥にあるものを見せまいと隠そうしているように思えた。その瞳が閉じられてしまうと、もう一滴、涙が目尻からこぼれ落ちた。
俺が動くと、銀時の口から堪えきれずに声が漏れた。その喘ぐ声に背中がゾクリとし繋がっているそこに血が集まっていくのがわかった。
銀時の薄く開いた唇から漏れる声は堪らなく官能的でもっと聞きたくて俺は夢中で腰を振った。
あとになって思い出す。
銀時はいつでもシーツを握り締め、俺に縋ることはなかった。
あまりに色を失い白くなった手に堪らずそっと手を重ねたことがあった。白い手はピクリと震えるとゆるゆると力が抜けて行った。
銀時はどう思っていたんだろうか、あの行為を。
俺は何もわかっちゃいなかったんだと、今さらながら思った。
銀時は卒業式の翌日にはいなくなっていた。
ババアに訊けば、銀時が受ける大学は元々住んでいた街の大学らしく、落ちる予定もないからと幼馴染みの家から受験に行ってそこで家探しもすると言っていたらしい。
幼馴染みなんて、そんなヤツが銀時にいたのかと訊くと、ババアは少し驚いた顔をし、『なんだい知らなかったのかい? たまに手紙が届いてたし、電話もかかってきてたっけね。中学に入ってからは月に1度は一人であっちに行ってたりしてたんだけどねぇ。』と言った。
銀時とはそれっきりだった。
銀時は自分で言っていたとおりに大学にはすんなり合格した。そして、こっちに帰って来ることはなかったし、銀時から新しい住所を知らせてくることもなかった。
銀時には友達がいなかったわけではなかった。むしろ多かったと思う。その友達との輪の中で普通に冗談を言い、バカをやって、笑っていた。
そのことに嘘はなかったと思う。
いつだって当たり前のように一緒にいたはずだった銀時のことを自分は実は何も知らなかったらしい。
自分にとってはすべてだと思っていた世界が、銀時にとっては一部でしかなかったことがショックだったんだと思う。
ババアに訊けばすぐわかるはずの連絡先も訊けなかった。
* * *
風が吹いて、銀色の髪の毛が揺れて白い首筋がチラリと見えた。土方は不意に汗に濡れ髪の毛が貼りついたあのときの銀時の首筋を思い出した。ドクリと心臓が血を体中に送り出すのがわかる。
「なぁ…、」
土方はやっとのことでそう声を振り絞った。
「何…?」
ゆっくりと銀時が答える。
あの頃に比べると大人びた銀時から発せられる声は記憶していたものよりもずっと艶めいていた。
「帰って来てんなら連絡ぐらいしろよ。つーか、それ以前に連絡先ぐれェ知らせろよ。」
「知らせてどうすんのさ。またヤんの?」
俯き加減に歩いていた銀時は顔を土方の方に向けた。銀糸の隙間から赤い瞳が覗いた。薄紅色をした唇がゆっくりと動く。
「……ああいうのはさ。一時の気の迷いみてェなモンだろ。若気の至りってヤツ? そういうモンはいつまでも引き摺るモンじゃねぇだろ。もう、終わったんだよ。っていうか、始まってたかどうかもわかんねーけどな…。」
「だったら…!」
「そんとき言えってか? ムリだろ。言ったってわかんなかったさ。」
「……。」
「…そうだろ…?」
銀時の形のいい唇が緩く弧を描く。
「お遊びの時間は終わったんだよ。なぁ、土方? わかるだろ?」
銀時は土方の肩をポンと叩いた。
「じゃあな。ばーさん待ってっから。」
「おい!」
土方は銀時を呼んだが、銀時はくるりと背を向けると、ヒラヒラと手を振り来た道を銀時は戻って行った。
何もわかっちゃいなかったんだ。
土方は銀時の背中を見送るしかなかった。
(了)
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