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近藤さんに「あ〜なんか伊東先生が今回は行けないらしくってよ。トシ、お前、一緒に行く?」と誘われ、「行きます」と即答した。断る選択肢はない。狭い世界でやってくためには巡って来たチャンスを逃す手はない。履歴書にショボい業績の他に1年ほど行ってましたーっと書けるのは大きい。
で、来た訳だが、予想してたと言えばしていたが、おかしい。ここはおかしい。こんなとこに好き好んでやって来るヤツらにまともなヤツなんていないことはわかっちゃいたが、兎に角おかしい。とは言え、来てしまった自分もそのおかしいヤツらの仲間に分類されるんだろうが。
「お、どうした土方、肩落としてもうホームシックかァ? 1ヶ月かそこらしか経ってねェぞ」
後ろから聞こえて来た声に振り向くと不適な笑みを浮かべる隻眼の男がいた。この男は高杉と言って医者だ。最初に会ったときにどうやらその顔を凝視していたらしい俺に向かって「これか? こりゃあ、前に来たときに白クマと素手で闘ったときやられた傷でよ、」とニヤニヤと笑いながら話を続けようとするので「ここに白クマいねェだろ!?」と突っ込んだ。そして、コイツとは絶対に気が合わねーと確信したのを覚えている。
俺が黙っていると、「ま、元気だせ」と、エセ医者高杉は適当な感じで俺の肩をポンポンと叩いて通り過ぎ、その先にあった扉をガチャリと開けると「よォ、銀時ィ」と言いながら中へと入って行った。
「ゴリさんがおんし探しちょったけど、会うた?」
また背後から声がして振り向くと坂本さんがいた。坂本さんは機械担当のエンジニアで、あのエセ医者やエセ医者に『銀時』と呼ばれていた調理係の坂田さんにド突かれているのをよく見かける。
「いや。サンキュー」
坂本さんは「えいよ、えいよ〜」と言いながら、エセ医者が入って行った部屋へと入って行く。中から「『金』じゃねぇ!『銀』だっつってんだろ!!!」と坂田さんの声が聞こえてきた。坂本さん以上にあの二人にド突かれているのは通信機器関係のエンジニアの桂さんで、どうやら彼らは幼なじみらしい。一度、坂田さんに「申し合わせて応募したんスか?」と尋ねてみたことがあるが、「働いてっとこ全然違ェのにわざわざ連絡取り合ってンな面倒くせぇことすっかよ。来たらいたんだよ、馬鹿どもが」と言っていた。
「おう、トシ、近藤が呼んでたぜェ」
松平のとっつぁんとは日本にいるときからの知り合いで、ここのリーダーだ。「さっき聞きました」と答えると「おぅ」と手を上げ去って行った。とっつぁんの後ろ姿を見送り、近藤さんのところへ行かねーとなと息を吐くと、「ぎゃああああ!!!」という悲鳴が聞こえてきた。あの幼なじみたちはまたバカをやってるらしい。
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真っ白な氷原に囲まれた場所で1年間暮らす訳だが、こういう閉鎖的な場所で困ることはいろいろとある。ここにはいない誰かと連絡を取ることはそのひとつだろう。今はメールもあるし、昔ほど不便ではないようだが。だが、俺にはそこに関しては他にも問題がある。
『…もしもし』
「……なんだ、テメェか、総悟。ミツバは?」
『姉貴ならいやせん』
そう答えたヤツの後ろから微かに『総ちゃん、電話だれから?』と声が聞こえてくる。「いるじゃねェか!?」と言ったが、総悟は受話器の向こうで『間違い電話でさァ』と甘えた声で姉の質問に答えている。
「オイ、コラ、総悟、殺すぞ、テメェ」
『は? アレ? 切れたか? よく聞こえねェや。まあ、いいや。てか、白クマに殴られて死んじまえ、土方コノヤロー』
「総悟、テメェ、バカだろ! ここにゃ白クマなんていねーんだよ!」
『じゃ、ペンギンが突き刺さって死んじまえ』
「バーカ、ペンギンもいね…」
土方がそう言いかけたところで電話はブチンと切れた。チッと舌打ちをして煙草でも吸うかと廊下に出ると、山崎がいた。山崎は、俺や近藤さん、とっつぁんとは別のとこから来た研究員だ。
「あれ? 土方さん、煙草ですか? 考えて吸わないと帰るまで保ちませんよ〜」
のんきな山崎の台詞にキレると、腹いせにソイツを一発殴ってから食料庫へと続く扉の前で煙草に火を点けた。
「アレ? 土方さん? どしたの? 煙草なら食堂兼娯楽室で吸えんじゃん。」
扉が開いて坂田さんが顔を出した。「なんたって医者のお墨付きだかんなー」とニシシと笑う。あのエセ医者はけっこうなヘビースモーカーで、ソイツの「ぁあ!?禁煙!? ンなモンするワケねェだろうが!」のひと言で食堂と医務室は吸い放題になっている。「手伝ってよ」と言われ、食料を運び出すのを手伝った。
「土方さんはさ〜、なんか食いてぇモンとかある?」
「……あ、マヨネーズ」
「マヨネーズ!? マヨネーズ味ってこと? んじゃ、今日はエビマヨかなんかにするかー」
俺はそうじゃねェんだけどなーと思ったが、口には出さずに重いダンボールを厨房に運んだ。
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ここで暮らす上での問題と言えば、俺にとって何より切実なのは『マヨネーズ』だ。本当なら一食につき最低1本は使い切りたいのだが、ここではそうもいかないだろうとずっと我慢してきたがそろそろ限界だ。この際、1日1本が無理なら2日で1本で我慢してもいい。そこまで譲歩するから俺専用のマヨネーズをどうにかしてもらえないか坂田さんに相談してみることにした。
坂田さんはだいたい食堂か医務室にいる。食堂の方から声が聞こえてくるので恐らく食堂で暇なメンバーが遊んでいるんだろう。「負けたら脱ぐって約束だろうが」とかなんとか言ってるのが聞こえる。麻雀か何かをしているんだろうが、賭けるモンもこれと言って特にないのでどうやら今日は脱ぐことにしたらしい。
「銀時ィ、脱げよ。テメェが負けたんだろうが」
「そうちや。ゴリさんを見ぃや。ホレ、すっかりすっぽんぽんになっちゅうがぞ」
「ソイツの場合は一番自然な姿に戻っただけだろうが!」
「銀時、往生際が悪いぞ。どれ、仕方がないな。俺も貴様に付き合って脱いでやるから潔く脱げ」
「ヅラ、テメーも脱ぎたいだけだろうが!」
「ヅラじゃない桂だ。裸になるぐらい何も恥ずかしいことじゃないだろう、銀時」
「自分で脱げねェなら俺が脱がせてやるぜ、銀時ィ。坂本、ソイツ捕まえとけ」
「ちょ、ちょ、待て、もっかい、もっかい。泣きの1回ってのがあんだろ!?」
「ンなモンあるかよ」
「ぎゃああああああ〜〜〜!!!」
うるせーなと思いながら俯き加減に扉を開ける。「あ〜、坂田さん、ちょっと相談が…」と言いながら顔を上げた。
「……………」
「お、トシ、どうした? お前も一緒にポーカーするか? 楽しいぞぉー」
真っ裸の近藤さんの声が遠くから聞こえる。
「…あ、坂田さんに…」
「俺? 何? てか、こんなカッコで悪ィんだけどッ、ひゃっ、 どこ触ってんだ!? バカ杉ッ!」
「どこって、テメェ、そりゃ、ここだろ」
エセ医者はニヤリと笑い坂田さんの脇腹をスゥッと長い指で撫で上げる。「うひゃあ!」と悲鳴を上げる坂田さんはパンツ一枚だ。「まだ一枚残ってんぜ、銀時」とエセ医者が言っているのが聞こえる。
フワリと揺れる銀色っぽいフワフワした髪の毛や、飴玉みたいなトロンとした赤茶けた眸の色。そういやなんか甘い匂いがしたとか。坂田さんに関するなんか余計ないろいろを思い出す。「おーい、土方さーん?」と坂田さんの声が聞こえるような気もするが、目の前にある真っ白な胸から目が離せない。
いや、白いんだけど。
こんな白いとか聞いてねェんだけど。
なんだこれは!?
「もしもーし」
坂田さんが白い手をヒラヒラと振っているのがぼんやりと見える。こんなにキレイな手だっただろうか。少しふっくらとした指は長くなく短くなくバランスがいい。器用そうだなと思う。マヨネーズがないことを除けば、坂田さんの作るメシはすげぇ美味い。
と、そんなことを考えている場合じゃない。
「おーい。用ってなんだよ?」
「あ、マヨネーズを…」
俺が口を開きかけたときエセ医者が坂田さんのパンツをズルッと下げた。
「うぎゃあ! 高杉、テメェ、何すんだ!?」
「……………………あ、」
俺は見てはいけないものを見た。気がする。なんか、こう、体のある一部分がおかしなことになっている。ような気がする。
「…失礼しました」
それだけをやっとのことで言うと手で口元を覆い食堂をあとにする。
坂田さん男だから。
てか、俺はそんなに欲求不満なのか!?
いや、それよりもこの先どうやって暮らしていけばいいんだ!?
「ト、トイレ、どっちだっけ?」
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「トシのヤツどうしたんだ?」
「なんか赤いの落ちてるけど?」
「血痕じゃねェのか?」
「おかしなヤツだな」
「いや、オメーに言われたくねーだろ、ヅラ。」
「ヅラじゃない桂だ。まったく何度言えばわかるんだ」
「うるせェぞ、ヅラ」
(了)
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