01
土方が飛行機を降りて、あれこれ手続きを済ませ荷物を受け取り、やっと空港から出ると、眩しい朝日と青い空、そして少し肌寒い空気に迎えられた。そのひんやりとした空気にぶるりと震え、手に持っていたジャケットを羽織る。日本はまだまだ夏真っ盛りだが、ここはそろそろ冬が終わりを告げ、だんだんと春めいて来たところと言った感じだろうか。
とりあえず街に出ないとなと思う。キョロキョロと辺りを見回した。タクシーにするか、バスにするか少し迷ったが、タクシーに乗ることにした。
タクシーの運転手にホテルの名前と住所を告げたが首を傾げられたのでメモを見せた。少し太めの運転手は、人懐っこく笑うと訛りのある英語で「O.K.」と言った。
運転手は土方があまり英語が得意ではないと判断したらしい。他愛ない天気の話から始まり、どこから来たのかとか、どのくらい滞在するのかとひと通り訊いたあとは、助手席に座る土方に話しかけてはこない。カーラジオから流れてくる音楽に合わせてご機嫌そうに鼻歌を歌っている。
黙って窓の外を流れていく街並みを眺める。湿気を帯びた日本の風景と違い空気はカラリと乾いている。
朝の通勤ラッシュの時間には早く、車の数もまだ少ない。
郊外にある空港から徐々に市街地に近づくと、アルファベットで書かれた看板や街を歩く人々の姿、古びたレンガの建物が、ここが外国であることを土方に実感させた。
『着いたよ』と声をかけられる。運転手に別れを告げ、ホテルに入る。チェックインまでには時間がある。フロントに荷物を預け、市内の地図を買うために本屋の場所を尋ねてから外へと出た。
街はだいぶ活気づいてきて、道行く人の数も増えた。どこかのんびりした印象なのは、この国に対する自分の思い込みなのかなと思う。
本屋に入り地図を買うついでに店内をぐるりとまわった。何か面白そうな本があれば1冊、と思ったが、住むところが決まるまでは荷物を増やさないほうが賢明だろう。日本から退屈しのぎに持って来た文庫本もある。結局、地図だけ買って本屋を出た。
そして、昼にはちょっと早いが何か食うかと考えた。見慣れたマークのファーストフードぐらいすぐ見つかりそうなもんだが、意外とこういうときは見つからない。さて、どうすっかなと思ったとき、声がした。
「アンタ、日本人? そこのイタリア系の人がやってるデリはうまいよ」
「……」
話しかけてきたのは土方とさほど変わらない年頃の男だったが、その男の見た目に少し驚いた。銀色にキラキラと揺れる髪や、赤っぽい瞳。
「あ、俺も日本人だから。日本人がうまいってんだから、ソコ、うまいよ。ガイジンの舌はアテになんないからなぁ。って、ここじゃ俺らがガイジンだけどな」
土方の戸惑いを察したのか男はにこりと笑い、そう続けた。
街中をいろんな人種の人間が行き交うが、そんななかにいても目の前の男は異質だった。
「アンタ、さっき着いたばっかりだろ? 騙されたと思って行ってみなよ。マジでうまいし、あそこの店の人たち英語がヘタクソな日本人に慣れてて親切だぜ」
「…へぇ」
「じゃっ」
白い男は「Have a nice trip!」と手を振りウィンクをすると去って行った。
男が言ったとおり店の人たちは親切で料理はうまかった。食後のコーヒーを飲みながら、煙草を吸いたいと思う。そして、路上に灰皿が設置してあって、そこに人が群がってプカプカしてるのを見かけたよなと先ほど歩いた通りを思い出した。
地図を開き、今いる通りの名前とホテルの位置を確認した。
残りのコーヒーを飲み干し、店主に『うまかったよ』と拙い英語で伝えると、店主は『また来いよ』と笑った。
日はだいぶ高くなりやわらかい陽光が心地いい。たくさんの人が行き交う。
夜、近藤さんに電話するかな。
灰皿を探しながら思った。
半年。
これから半年、この国で暮らす。
(土方)
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