#1 トッシーの場合には

 コンビニにその人はいた。

 特に何か買いたい物があったワケでもなかったけど、何か冷たい飲み物とちょこっと食う物でも買おうかなと思ってフラリとコンビニに入った。いつもより遅い時間だったのは遠出をした帰りだったからで、いつものコンビニだけどこの時間帯は初めてだった。

 いつもならデザートなんか買わないけどたまたまカゴに入れた新発売のプリンをその人は俯き加減に丁寧にレジ袋に入れると、拙者が財布から出した五百円玉をその人が受け取った。五百円玉を受け取ったその手は、ここは二次元か!?と錯覚するぐらい白くてちょっとビックリした。お釣りを受け取ろうと拙者が手を差し出すと、拙者の手に小銭を乗せ、空いた方の白い手を添えてから軽くキュッと握ってくれた。触れた手は少し冷たくて、精巧に作られたトモエちゃんのフィギュアのようだった。ていうか、むしろトモエちゃんの手のようだった。ていうか、トモエちゃんの手だった。拙者が「あ、あぁ、どうも」と、受け取ったお釣りをポケットに突っ込みプリンの入った袋を持ってレジをあとにしようとすると、はにかむような「ありがとうございました」という声が聞こえ、拙者の胸は何故だかキュンと鳴った。

 拙者の手をそっと握ってくれたあのトモエちゃんの如き、ていうかトモエちゃんの白い手が忘れられず一週間コンビニに通いつめトモエちゃんの手の人のシフトを調べてみたところ、どうやら週の後半、たまたま拙者がプリンを買ったのと同じ時間帯に入っているらしかった。しらじらしくならないようにと時間をずらしたりしながらさりげないふうを装いコンビニへと通い、プリンを買ってはレジでのやりとりに幸せを感じるのが拙者の日課になりつつある。冷蔵庫にはありとあらゆるプリンがズラリと並んでいる。ちなみにかなり早い段階でコンプリートした。

 ちなみにトモエちゃんの手についてだが、ほっそりとした指は華奢ってワケじゃなく、そっと触れるときの指の腹はふくふくと柔らかい。指の先についているほんのりとピンク色をした爪なんて、一枚一枚が本当によくできていて、その完成度の高さたるや驚きの一言に尽きる。手全体を覆う薄い皮膚はツルリとしていて光沢を帯びているが、その光沢は決して無機質なものでなく、透けて見える血管や僅かな熱を帯びたしっとりとした感触は間違いなく有機体のそれだ。

 今、拙者が真剣に見つめている画面の向こう側のトモエちゃんには決して触れることは叶わないワケで。『テレビの中に入りたいござるぅううう〜!!!二次元に行きたいでござるぅううう〜!!!』という定期的にみまわれる発作に部屋中を転がりひとしきり悶えハァハァしたあと、ふと、触れた瞬間はちょっとひんやりとしててでもほんのりあったかくて柔らかい、拙者の手をキュッと握っておつりを渡してくれるあの白い手を思い出した。

「ぬぉおおおお〜〜〜!!!!! アレがリアルかッ!? リアルってヤツなのでござるかぁッ!?」

 再びものっそい萌えのビッグウェーブに襲われた拙者が、その耐え難き萌えの波に悶え苦しみ、それから逃れようと部屋中を転げ回っていると、「うるせェッ!!!」と声がした。ピタリと止まりそのままの声のした方を見上げると十四郎が立っている。コイツは怒っているらしい。ひょっとして十四郎の貯金箱から拙者が定期的に五百円玉を抜いているのがバレたかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

「………オイ…!」

 相変わらず沸点低いでござるなーとかなんとか考えながら「拙者になんか用事でござるか?」と尋ねると、十四郎はこめかみをピクピクさせながら口を開く。コイツの死因は血管がパァアアンとなる感じの病気に違いない。ていうか、その前にその沸点の低さで刺されるかも。プクク。で、その十四郎が「冷蔵庫のアレはなんだ!? オレのビールはどうした!?」と訊いてくるので、「プリンでござるよ。は? ビール? あ〜、ビールではなく発泡酒ならプリンが入らなくて邪魔だったので出したでござるケド?」と答えたら殴られた。一瞬、マジで死んでくれないかなと思ったけど、そうすると拙者のために五百円玉貯金をしてくれるヤツがいなくなるので思い直したが。

 恋とかなんかそんなんは突然やって来る的な歌があったような気がするが、どうもウソじゃなかったらしい。というか、トモエちゃんに恋したあの瞬間を思い出せば、それは至極当然のことだったワケで、なんの疑問もないワケだけれども。

「あ、この新作、美味しいッスよ」

 トモエちゃんの白い手がプリンを持ち上げようとして止まって、店員が客に話し掛けるにしては少しぞんざいな男の声がした。拙者が少しだけ視線を上げるとその声の主と目が合った。予期せぬ事態に思わず「は?」とマヌケな声を上げた拙者をその人は見ていた。なんというか、それは『衝撃』だったと思う。トモエちゃんの手の持ち主はトモエちゃんではなかった。店員さんは白かった。手だけではなくすべてが白かった。髪の毛は白くてフワッフワでたぶん触るともふもふしてて、いかにもーって感じの化学繊維のピカピカしてるけどゴワゴワなそんなんじゃなく、よくよく見れば眉毛やら睫も同じ色なので間違いなくその色はホンモノで、しかも拙者を見ているその眸は紅い。ソレ、もしかしてカラコンじゃないんデスカ?ってなもんで、なんていうか、『写真撮ってもいいですか?』的な、なんかそんなだ。

「オレ、さっきそのプリン食ったんスよ。うまかったスよ。マジで。………え? おたく、いっつもプリン買ってく人だよね? 人違いとかじゃないよね?」

 白い店員さんは黙っている拙者にちょっと焦ったみたいで、とろんと甘そうな飴玉みたいな紅い眸をほんのちょっぴり見開いて拙者を見た。

「ひひひ人違いなんかじゃでござるよっ」

「よかった〜。で、うまいッスよ、コレ」

「そそそそうなんでござるかっ?」

「うん、実際に食っての感想だから間違いねぇッスよ」

 ホッとしたらしい白い店員さんの眦が下がり、ふにゃっと笑った。拙者がいつものように小銭を渡すと、店員さんもいつものようにその白い手で拙者の手をキュッと握ってくれた。ただいつもとは違うのは、拙者の心臓がバクバクしてることなワケで。なんかもう、コレ、まわりに聞こえてんじゃね?ってぐらい心臓がスゲー音をたてている。自分の心臓の音に動揺する拙者がゴソゴソと釣り銭をポケットに押し込むのを待ってから、白い店員さんは「ハイ」とプリンの入った袋を渡してくれた。

「かっ、かたじけないナリッ」

 白い店員さんを直視できずに俯いたまま袋を受け取ったが、チラリと目線を上げると『坂田』と書かれた名札が見えた。そうか、白い店員さんは『坂田』サンというのか。プリンの入った袋をぶら下げ店を出ようとすると、「ありがとうございましたー」という『坂田』サンの声が聞こえて、ふぉおお!となった。そして、帰り道、プリンを一つしか買ってないことに気づき、試食用と保存用で二つ買うべきだったと後悔した。

 いつものようにプリンを持ってレジに行くと、坂田サンはいつものように俯き加減にプリンを袋に入れてくれて、お金を受け取る。そして、その白い手で拙者の手を包みキュッと握ってくれる。そうすると拙者の胸もいつものようにキュンと鳴る。いつのまにか画面に映るトモエちゃんはすっかり色褪せてしまっていた。トモエちゃんを見てもときめかない。拙者にはトモエちゃんしかいないはずなのに。一生分の恋をトモエちゃんに捧げた…、なぬッ、恋ッ!? 『恋』ですとッ!? ちょちょ待て、拙者。落ち着くでござる、拙者。今、拙者、『恋』、『恋』って言ったよね!? とすると、この胸のときめきは『恋』だとでも言うのかね? あのキュンとかキュッとかバクバクってアレは『恋』だと、そう言うのかね? え? えぇぇえええ!?

 ……………。

 さて、これが恋だとして、坂田サンにキュンとかキュッとかバクバクするのは、トモエちゃんに対する裏切りになるのではなかろうかと思う。しかしながら、コンビニに入り坂田サンと目が合って「ども」って坂田サンが笑ってくれれば不覚にもフォオオオ!と浮かれ、プリンを持って行ったレジでちょっとだけ交わす言葉に胸はキュンとなり、その白い手に触れればキュッと痛む。あぁ、これはやっぱり『恋』でござるな。トモエちゃんに対する裏切りでござるな。トモエちゃん、ごめんよ。トモエちゃん…。

 今思えば、トモエちゃんに恋してたときはこうブワーッと萌えが押し寄せる感じで、ちっとも苦しくなんかなかった。いや、悶えてるときは苦しいっちゃ苦しいけどそれもまた喜びというか。ある種の快感ではありますよねー。だけど、なんと言いますか、リアルに恋するってマジで苦しいんデスネー。なんでかスゴく苦しいんデスヨ。

「拙者、恋の道に迷ったナリ」

 というワケで、拙者の知り合いのなかでリアルにおける恋愛事情に比較的詳しそうな(十四郎は除く)河上氏に相談してみた。河上氏はちょっと考えたあと「Turn left でござる」と答えた。

「left、というと?」

「左でござるな」

「左でござるか?」

「そう、左でござるよ」

 河上氏の言うことは奥が深すぎてわからない。ていうか、面倒くさい。

 そして、拙者は相変わらずコンビニに通っているワケで。そして、相変わらずニコリと笑う坂田サンにドキドキして、坂田サンの白い手にキュンキュンしているワケで。いや、マジでコレどうしたらいいんデスカネ? 坂田サンに会えば苦しいし、会えなければ寂しいし。トモエちゃんには触れられずとも会いたいときにすぐ会えたワケで。でも、トモエちゃんは拙者の問い掛けに答えてくれな…いや、答えてくれたな。botが。なんだー。一方通行なんかじゃないじゃないか、ちゃんと双方向じゃないかー。二次元が一方通行なんてデタラメでござる。

 が、しかし、このままではイカンだろうということで、あれやこれやと検索してみた。

 なるほど。そうか。やはり、拙者が動かねばイカンのか。コンビニでの坂田サンのやりとりを思い出してみる。ふむ。坂田サンと拙者の関係は良好だと思われる。坂田サンのニコッとかキュッは好意と受け取っていいかもしれない! いいだろう!! いや、いいに違いない!!! …グフフフフフ。

 そして、拙者と坂田サンの新章が始まるワケですな。

 坂田サン。

 坂田サン。

 嗚呼、坂田サン。

 モフモフしてるあの銀色の髪の毛とか。あのとろんと眠そうな紅い目とか。んで、あの目で拙者を見ながら『このプリン美味しいよ』とか言っちゃってくれたりとか。キュッと握ればキュンとするあの白い手とか。あ、ヤバい。今、なんか、ぐほぉっ!って。ぐほぉっ!ってキたナリ。

 ヨシッ!と思って気合いが入ったところで邪魔が入るのがお約束で。いよいよ週末に差し掛かり、坂田サンに会えるぞ、坂田サンとの新章が、とか思っていたのにオフ会のお誘いがかかった。ヲタクと引きこもりを一緒にしないでいただきたい。と、拙者は思うワケで。こうやってリアルの付き合いも大切にしてるワケですよ。

 そんなこんなでオフ会もきっちりこなし、もしかすると今日はもういないかもなぁと、坂田サンの姿がないかと灯りの漏れる店内を探しながら通りの向こう側のコンビニへと急ぐ。あぁ、いないなぁとガッカリしかけたときコンビニから出て来る坂田サンを見つけた。あっ!と思ったが、坂田サンは一台のバイクへとニコニコしながら駆け寄る。十四郎にも負けないぐらいの目つきの悪いヤバそうな男が煙草をふかしながらバイクに凭れている。ソイツは坂田サンに気づくと口の端をほんのちょこっと上げ笑った。持ってた空き缶に煙草をギュッと押し付けるとその空き缶を坂田サンに渡す。坂田サンは何か言い返したみたいだったがその空き缶をゴミ箱へと捨てた。戻って来た坂田サンの頭を男がクシャリと撫でると坂田サンはふにゃりと笑った。

うぉおおおおお〜〜〜!!!!!

 拙者はそのまま走って家へ帰ると冷蔵庫にズラリと並んだプリンを片っ端から食べた。

 泣くな、拙者。男だろ。トモエちゃんを裏切るようなマネをするからでござるよ。バチが当たったでござるよ。うぉおおおおお〜〜〜!!! 食ってやる! 食ってやるでござるよ〜〜〜!!!!!

 ……………。

「オイ! テメェ、何やってんだ!? 出て来い! トイレ、使えねェだろうが!」

「…うるさいでござる。取り込み中でござるよ。よそのトイレに行けばいいでござる…」

「よそのトイレなんかあるか!? 出て来い!!!」

「バカヤロー、出られるモンならとっくに出とるわ! 出られねェつってんだろう!!! すんませ〜ん。ウンコもれそうなんでトイレ貸してくださ〜いっつって借りて来いや!!! う…、うぉおおおおお〜〜〜!!! 腹が〜、腹がァアアアアア〜〜〜!!!!!」

 拙者の儚い恋はウンコと一緒にトイレの水に流れた。

 ……………もう恋なんてしないなんて言わないでござるよ、絶対。ヤカンを火にかけても紅茶なんか入れないし、つうかそもそも紅茶ねェし、朝食は十四郎が作るし、拙者の左側とか別に全然眺めなんかよくねェし、十四郎の貯金箱あるし、それに拙者にはトモエちゃんがいるから。これからはトモエちゃんに一生を捧げるでござる。二度とトモエちゃんを裏切ったりしないでござる。コレ、強がりなんかじゃないでござるから。

 しばらくして拙者がトイレから出ると、正露丸とポカリが置いてあった。あとで十四郎の貯金箱に五百円玉を入れておこうと思った。

(了)

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