09

「まかないも付けてやるって言ってんだ。ホラ、キリキリ働きな」

「ちょ、待て、ババァ。人使い荒ェなァ。ちったぁ休憩させろや。つか、テメーは何やってんだよ」

銀時は幾つめかのビールケースを降ろすとどっかりとその場に座り込み、恨めしそうにお登勢を見上げた。

「だらしないねぇ。なんだい? この年寄りにも働けって言うのかい? 情けない男だよ」

お登勢は煙草を手に持ち座り込んでいる銀時を見下ろしてそう言うと、煙草を口に戻しゆっくり吸い、フゥッと白い煙を吐いた。そして、昭和の雰囲気漂う古ぼけた店によく似合うなんだか懐かしい感じのする安っぽくてやたらに重いガラスの灰皿に煙草をギュッと押し付けた。

「何百年生きてっかわかんねーようなババァのことは、年寄りじゃなくって妖怪ってんだよっ」

「おや。まだ減らず口を叩く元気はあるみたいじゃないか。まだまだ働けるってことだろ。大体、アンタが仕事がないって言うから使ってやってんだ。給金の分、ちゃんと働かないとバチが当たるよ」

銀時はチッと舌打ちするとお登勢に言い返すことなく立ち上がった。

「がんばりな。まかないにゃ酒も付けてやるよ」

お登勢は笑って銀時の肩をポンと叩いた。

 *

外国で働いている男から預かっている子供が風変わりなこの男を拾って来たのはクリスマスイブの夜だった。子供はこの男のことをえらく気に入ったようで、お登勢が大家をしているアパートの自分の部屋の隣が空いてただろうと必死になって訴えた。

お登勢は男を眺めながらちょっと考え「いいよ。貸してやるよ」と言うと、男は「金は持ってんだけどさ。保証人がすぐにはムリなんだわ。なってくれそうなヤツはいるんだけどどこにいんのかわかんねーんだよ」と申し訳なさそうに応えた。

それから男は外国から帰って来たばっかりでもともとは隣町に住んでいたことや、そこには既に親も身寄りもなく天涯孤独の身の上だということをポツリ、ポツリと話した。

そして、男は俯き加減だった目線を夜空に移し、「ま、腐れ縁のダチはいっから天涯孤独とは言わねぇかもなぁ」とヘラリと笑った。

男が見上げた夜空には青白い星がひとつ瞬いていた。

 *

お登勢が店を開けしばらくするとポツポツと馴染みの客がやって来る。

「よう、銀さん。とうとうこの店の従業員になったのかぁ? 俺ァ、可愛いおねーちゃんの方がいいけどなぁ」
ガラリと戸を開け入って来た馴染み客のひとりがカウンターのいつもの席に腰掛けた。

「なってねぇよ。そう言うんならなんか仕事を紹介しろや、オッサン」

「仕事ねぇ〜…」

「なんかないかい? アタシだって好きで使ってんじゃないんだ」

「あ〜、あの三丁目の角ンとこのじーさんが庭掃除したいけど体が動かねーっつってたわ。枯れ葉がすげぇんだと」

「そのじーさん、紹介してくれよ。このババァにこき使われるよかずっといいわ」

「構わねーよ。言っといてやるよ。名刺とか、チラシとか、なんかそんなんはねぇの?」

「コレ。んじゃ、よろしく」

銀時はカウンターの隅っこに置いてある『よろず屋』と書かれたカードを手渡した。

ずいぶんと古ぼけたその店は賑やかで、客が出たり入ったりを繰り返しながら夜は更けていく。

顔馴染み同士、「最近どうだい?」だとか「今夜は冷えるね」だとか他愛ない話をする客や、ひとりで来てカウンターの隅でゆっくり静かに飲んで帰っていく客や、人それぞれだ。

旨い酒と肴は人の心をほっこりさせる。

「ババァ、他は? なんかねーの? やっとくこと」

最後の客を帰してひと通り片付けると銀時はお登勢に話しかけた。

「あとはひとりでやれるからいいよ」

「『年寄り』なんだろ。やってやっから。遠慮すんなや。気持ち悪ィぞ、ババァ」

「遠慮なんてしないよ。また今度こき使ってやるから安心しな。それより奥にいる神楽連れてさっさと帰んな。そっちの方が大事だよ」

奥の部屋を覗くとスピスピと気持ちよさそうに神楽が寝ていた。

「オイ。起きろ。神楽。帰るぞー」

「………」

「起きねーよ、コイツ」

「諦めておぶって帰ることだね。すぐそこだろ」

お登勢は愉快そうに笑うと、銀時は苦々しい顔でそれを見た。

背中が暖かい。

少々重いが悪くもないかとアパートまでの夜道を歩く。

街灯に照らされた寂しい夜道に子供らしき人影が見えた。銀時が「あれ?」と思ったそのとき背中から声がした。

「新八ーっ! 姉御のお迎えかーっ!」

「テメー、起きてんじゃねぇか!? 降りろ! 重てぇんだよ!」

「レディに重いとは失礼アル」

「あ、神楽ちゃん。そう、姉さんを迎えに行くとこなんだ。この人は?」

「コレは銀ちゃんアル。捨てられた子犬みたいな目をしてたから拾ってやったネ。なかなかいいダロ」

「捨てられた子犬みてぇだったのはオメーだろうが。あ〜、俺ァ、坂田銀時ってんだ。コイツんちのお隣さん。オメーは? 姉貴の迎えってこんな時間にか?」

「あ、僕、志村新八です。神楽ちゃんとは友だちです」

「違うネ。私の下僕ヨ」

「テメーはいい加減降りろ。神楽」

「いやアル」

「姉が駅の反対側にあるキャバクラで働いているんでその迎えに行く途中なんです」

「って、オメー、こんな時間にガキが迎えにって。それは迎えになんねぇだろ」

「いや、いつもはゴリラのストーカーが送ってくれるんですが、今日に限っていないらしくって」

「ストーカーって。いや、それもおかしいだろ」

「いえ、そのゴリラ、身元は確かなんで」

「いや、なんか、わかんねーんだけど。身元が確かなゴリラのストーカーって。文法的には合ってっけど、単語の組み合わせを間違ってねぇか?」

「そのゴリラ、警察なんです」

「いや、やっぱわかんねー。でも、とりあえず今日はそのゴリラとやらがいねーんだろ。危ねーし、一緒に行ってやるよ。ホラ、神楽も降りて歩け」

「イヤ」

「ったくよー…。駅までな。そっからは歩けよ」

「きゃほーい!」「暴れんな! じっとしてろ! 落とすぞ!」

新八はクスリと笑った。

「寒いですね〜」

「そうだな〜」

神楽が夜空に向かってハァッと白い息を吐く。

前方に見える駅の灯りはまだ点いていて、暗い町にボウッと浮かび上がっている。もう少ししたらその灯りも消え、この町には静かな夜がやって来るのだろう。



(お登勢と銀時と子供たち)

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