そして、記憶になる。


 台所の方から「あっ」という声が聞こえたあと、パンッという音が響いた。「おー、神楽ぁ、どーしたぁ?」と、ソファに寝転がったまま声をかけると、神楽が「……銀ちゃん」と顔を覗かせた。起き上がってソファに座り直し、うなだれる神楽に「どうした?」と訊くと、神楽は「ごめんなさいアル……」と真っ二つ割れた豆皿を差し出した。差し出された豆皿に、あぁ……と声には出さずに呟いた。

 薄手の白地に花が描かれたその豆皿はそう上等な品でもない。まだちっせェガキだったあの日、たまたま見つけて拾って捨てられずにいた、ただそれだけの小さな皿だ。

「袖が引っかかって落としたネ」

 神楽は居間に入ろうとはせず入り口で俯いて立っている。ボロい安っちい皿がそんな大切そうに見えたのかと思うとちょっと申し訳なくもなる。使いもしない皿を捨てもせずとっておけばそう思えても仕方ねぇかもなぁとよっこらせと立ち上がった。

「割れたもんはしょうがねぇよ。割れた皿なんか持ったりすんじゃねぇよ。指切ったりしてねぇか?」

「……うん、へーき」

「そっか。ならいい」

「このお皿、銀ちゃんの宝物じゃないアルか? 棚の奥の方にしまってたヨ。使ってるとこ見たことないアル」

「一枚しかねぇから奥にしまって忘れてたんだろ。形あるモンはいつかは壊れんだよ。気にすんな」

 神楽の頭をくしゃりと撫でた。神楽が不安そうに俺を見上げたのでニヤリと笑ってやると、おずおずと笑い返してきた。

「外に遊びにでも行ってこい。特別に三百円持たせてやる」

「おお〜! 銀ちゃん、太っ腹アル。明日は雪が降るネ」

ひとこと余計だと軽く拳骨を落としてから皿を受け取り怪力のわりに華奢な手に百円玉を三枚乗せる。

「行ってくるアル」

「おぅ、行ってこい」

 パタパタと駆けていく背中を見送って自分の手に乗っている皿の破片に視線を落とした。忘れてたなぁと苦笑いした。昔は忘れることは罪だと思っていた。皿の破片をそのへんにあったチラシでクルクルッと巻いた。気がつけば過去は遠いものになっている。いつの間にか新しい持ち物が増えて、古い持ち物は手元から失くなっている。ゴミ箱にチラシで巻いた皿の破片を投げ入れた。破片はカシャンと音をたてた。懐かしいような哀しいような思い出せば胸が疼く遠い記憶を自分の深いところから引っ張り出す。

「ま、忘れちまうってことはねぇからよ……」

 自分の名前を呼んだあの人の声はどんなだったっけなと静かに眸を閉じた。



(神楽と銀時とあの人)






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