ワカメとぜんざい、ときどきオクラ1倉庫で眠っていた俺が起こされたのは梅雨明けと同時だった。 倉庫から出されようとしている俺に、長くはなくても短くはない付き合いになってしまった倉庫内の皆はそれなりに温かく見送ってくれた。 ムースポッキーさんはいつもの調子で、寝ぼけながらいってらっしゃい。 何味なのか分からないけど、赤いパッケージのガムさんもひらひらと手を振ってくれた。 この時ばかりは滅多に口を開かないモンブランさんも、相変わらずの目つきの悪さで、でも『行って来い』と一言掛けてくれた。 良く売れるモンブランさんは気難しいヒトだと思っていたけど、最後の最後で以外な一面を見た気がする。 そんな訳で、俺は今商品陳列棚にいる。 デザートコーナーの隅で、倉庫にいた時間よりもずっと長く。 「激ダサだぜ」 遠くで声がする。 話しかけてきたのはミントガムさん。 悪いヒトではないが、絡みづらいヒトだとも思う。 「なんすか」 「お前ずっとそこにいんだろ」 遠まわしに言わないではっきり言ってくれればいいと思う。 売れ残りであることを半ばあきらめている自分とは違って、このヒトはそういうのに敏感だ。 買われるということに他の誰よりも意味を見出している気がする。 凄いとは思うが、自分には関係のないこと。 所詮商品でしかない自分にはどうするもこうするもないのだが、このヒトに言ったってしょうがないことだ。 「はあ、すんません」 「気にすんなよぜんざい!そいついっつもそうだから!」 レジの横で片足立てて座る唐揚げさんが会話に割り込んでくると、邪魔をするなとミントガムさんが怒る。 声を聴いて起きたムースポッキーさんは目線でこちらに合図すると、二人の言い合いに参加してお菓子コーナーとレジ横とで騒がしくなっていく。 倉庫から出て暫くしてまた再会したムースポッキーさんは、普段はぼけっとしているのいなかなか聡いらしく何かと助かる。 今のように他から絡まれたときなんか、特に。 ケンカは暫くしてじゃれ合いになっていく。 仲の良い三人の喧騒を聴きながら、また眠ろうかと目を閉じた。 夏と言えば冷たいアイス、つるんと口当たりの良いゼリー、季節限定のデザート。 そんなやつらに囲まれた中で、白玉ぜんざいである俺はなかなか買われることなく、ただ眠る。 いつかミントガムさんにいじられずに済むようになる。いつかムースポッキーさんに気を遣わせなくなる。いつか上の段にいるモンブランさんから踏まれなくなる。 いつか買われる。 いつかは誰かの手で買われて、ここを出て行く。 いつになるかは、まだ分からない。 「ねえ、ねえ、アンタ」 意識は未だ夢の中。 気のせいだと決めつけて無視をしようとしたけど、声の主はなかなか諦めようとせずにしつこく呼び続ける。 「おーい、こっちだって」 ぼやっとしたままの頭で声の方向を探す。 何度か呼ばれると流石に意識もはっきりとしてきた。 声のする方向に焦点を合わせると、見えてきたのはもじゃもじゃとした黒い頭。 光の反射で時折深緑に色を変えるソレは、おつまみコーナーにいるワカメのもので。 「起こすなや」 ワカメは俺よりも長く棚に居続けている。 性格にも難ありで、ミントガムさんもワカメには話しかけようともしない。 暇なのか、寝ているばかりのワカメが起きているのを見るのは実は初めてで、場所柄店内を見渡せる位置にいる唐揚げさんからもいい話は聞いたことがない。 ワカメな。アイツ、別に悪くはねーんだけど、扱いづらい。 交友関係の広い唐揚げさんがそう言うくらいなのだから、よっぽどなのだろう。 俺とは一生縁のない奴だと思っていたのに、今はそいつから話しかけられている。 「売れ残ってるんだろ」 それはお前もだろ。 そうは思っても言ってはやらない。 「なんやねん」 「賞味期限とか大丈夫なのかよ?廃棄されないようにな」 「余計なお世話や」 「俺、後一週間なんだよね」 後一週間。 何がなんて言うまでもなく、廃棄されるまでの残り時間。 賞味期限が切れてしまえば廃棄される。 よく売れて入れ替わりが激しいモンブランさんも、レジの横で笑う唐揚げさんだって賞味期限が切れてしまえばサヨウナラ。 ちらりと、自分の腹に視線を落とす。 印字された日付は、つまりは俺達に残されている時間。 「奇遇やな」 「お?」 「俺もや」 瞬間、ワカメがにやりと笑ったのを俺は忘れない。 「よろしくな、ぜんざい」 「ぜんざいちゃう、白玉ぜんざいや」 ----------------------- 擬人化は好きではなかったりします。 でもこのこたちがやってくれたらなんとか萌えた。 |