※捏造しかない 薫が子供で一人称が僕



「もうすぐ母の日なので、今日はお母さんに日頃の感謝を込めて手紙を書きましょう」

国語の時間、担任の先生がそう告げた。周りの子はえ〜恥ずかしい〜とか、めんどくさ〜いって口々に言い始めたけど、僕は黙ることしか出来なかった。脳裏に浮かぶのは、もう忘れ掛けてしまった自分のお母さんの姿。薫は良い子ね、って言いながら頭を優しく撫でてくれた柔らかい手の感触。もう二度と触れられないその暖かさにじんわりと目頭があつくなる。

「薫くん?」

前の席の子に声を掛けられてハッとした。手紙を書くための便箋を後ろに回そうとしたのに僕が一向に受け取らないから困らせてしまったみたい。ごめんね、と慌てて明るい声を出して便箋を自分の後ろの子に回す。淡いピンク色で描かれた控えめな花柄が可愛らしい便箋を見て、自分が誰に何を書くべきなのか分からなくなる。鉛筆を握り締めたまま動かない僕を見て慌てて担任の先生が寄ってきた。

「薫くんは、普段お世話になってる人にお礼のお手紙を書こうか」

先生の憐れみと焦りの入り混じった言葉にうまく返事が出てこない。先生の顔を見れず机をじっと睨み付けたままはい、と精一杯絞り出した声で呟くと先生はそそくさと僕の席を後にした。完全に腫れ物扱いだ。そんなの子供の僕でも分かる。
結局一文字も書けないまま授業終了のチャイムが鳴り、書き終わっていない人は宿題としてやってくるように言われてその日の学校は終わった。

帰路につきながら手紙のことを考える。お世話になってる人なら沢山いるけど、ご飯を作ってくれたり、勉強を教えてくれたり、たくさん面倒を見てくれるのは他でもないお姉ちゃんだ。お母さんが居ない僕にとってはお姉ちゃんがお母さんみたいな存在でもあるし、怖くて厳しいお父さんよりよっぽど心を許せる存在だった。手紙はお姉ちゃんに書こう、と決めて早足で家に帰った。まだお姉ちゃんは帰ってきて居ないはずだし、見つからないうちにこっそり書いて驚かせるんだ。


「薫くん良いじゃない、お姉ちゃんきっと喜ぶわね」

宿題として提出したお姉ちゃんへの手紙を読んで担任の先生は大袈裟に僕の手紙を褒めてみせた。手紙にはお姉ちゃんへの日頃の感謝や大好きであること、たまには僕の面倒を見ないで休んでいても良いんだよ、ということを書いた。いくらお姉ちゃんと言えど、まだ世間的に見たら子供なのだからそんな苦労を日々かけてしまうのは忍びない。ありがとうございますと担任の先生に告げ、手紙を返してもらった。

母の日当日、色紙で作った花と一緒に手紙をお姉ちゃんに渡すと、お姉ちゃんはとっても喜んでくれた。手紙を読んで、薫くんはそんなに気を遣わなくていいんだよ、私たち家族なんだからって言って優しく撫でてくれたその手が暖かくて、ふと微かな記憶の中のお母さんを思い出してしまう。改めてお姉ちゃんに感謝を伝えて自室に戻り、机の上に置いた手紙を手に取る。

「お母さんへ」

僕は手紙をくしゃりと握り潰してゴミ箱に放り込みベッドに入ると、濡れた頬を誤魔化すように布団を頭まで被った。





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