▼ この押し寄せる波には
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一晩楽しんだらはい、おさらば。
そのつもりだったんだ、俺は。
「サッチ、私コンビニ寄りたい」
可愛さの中にちらりと色気が見えた先ほどのお嬢さんはどこに行ったんだ。いや、可愛いのは間違いねぇ。顔だって町の明るいネオンの中で見たら先程よりも更にど真ん中ストレートでモロタイプだと判明した。
でも、
「別にいいけどよ。なんか買うもんあんのか?」
「ないけど見たいの。だめ?」
アンと名乗ったこの女は驚くほど自由だった。普通ならいい雰囲気のまま腰の一つでも抱いてホテルに直行するところだと思うが、俺達は今なぜかコンビニにいる。
ピンポンパーポンチャラーン
ムードもへったくれもない音に迎えられて無駄に照明の明るい店内へと入るとアンはお菓子コーナーに走っていった。ひざ上でフリルのスカートが揺れる。細くて白い足、背も低くはない。女の雑誌によく出てくるモデルみたいだな、と思った。友達にいそうだが、やっぱり普通よりは断然可愛い。手が届きそうな身近なモデルといった感じ。
「わ、見て。新商品だって」
「…こら、絶対そんなに食わねぇだろ?」
メッ!
俺はアンの手を叩いて期間限定のイチゴチョコを棚に戻す。ぶぅと口を尖らせるアンに苦笑い。なんだよこれ、付き合ってるみてぇじゃん。そういう惚れた腫れたが面倒くせぇから一晩限りの相手を探してたってのに。いや、そもそもこの女も俺同様に遊び相手を探していたはずだ。
「サッチ見て、モビー!」
「あー…買うか?」
一個だけだぞ。
うんわかった!とばかりに元気よく頷いて、真剣に選ぶアン。
俺は思わずぽんぽんと頭を叩くように撫でた。
なんかもう、どうでもいいや。
このまま流されるのも悪くねぇ、そう思ったあの時の俺に言いたい。
今すぐに引き返すべきだ、と。
【この押し寄せる波には】
絶対に乗ってはいけなかったんだ。
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