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「ブハッ」
「ちょ、笑わないでよ!」

ジムに行くとサッチがいた。ストレッチを手伝ってくれるというからお願いした結果、私は今盛大に笑われている。そりゃあ私は身体が硬いですよ。地面に手なんて届きませんよ。むしろ膝にタッチするのがやっとですけどそれが何か?!

「ひ、必死に頑張ってるのに、笑うとかっ」

泣くぞ、こんにゃろう。
斜め後ろに立っているサッチからは、時折笑いを堪えるような気配は感じてたけど、つい妥協して膝をかくんと曲げてみたところで、耐え切れず噴き出してしまったらしい。

「あー悪ィ。ブフッ。いや、もうほんと。頑張ろうな?」
「笑いを仕舞え、笑いを」

半笑いどころか、くくくと身体を震わせるサッチをじとりと睨む。

「ほっぺた膨らんでっぞ?」

後ろから覗き込んできたかと思うと、指で頬を突かれた。

「っ!?!?」
「ナイスリアクションあんがと。んじゃ足伸ばしてマットに座って。後ろから押してやっから」

あれよあれよと座らされた私は、反論する暇もなく前屈をスタートさせた。くっ、キッツい。
きゃっ、ちょ、イタッ。もっやめて。
つい出てしまう言葉に、サッチは「あーなんかそれすげぇエロい」なんて噛み締めるように言う。

「変態、かっ。イタタっ」
「俺がこんなん言うのはアンさんオンリーよー?はい次、座禅っぽいやつー」

なにさらっと言っちゃってんの、この子。こんなことを言われたら意識するなというほうが無理な話だ。言われるがまま座線を組むように足の裏同士をくっつけると、背後に座ったサッチが太ももに手を置いた。そのまま胸板を使って、背中を押すように体重を掛けてくる。なにこの密着具合。え、こういうもん?これが普通なの?背中に感じる体温に、心臓がドギマギと高鳴る。

「もっと力抜けるか?」
「ム、リ」

「あーキツイか?」
「っていうか、耳っ」

「ん?」
「…耳元で話さないで」

一瞬の空いた空白に、あれ?と背後を振り返ると「わざとやってんだけど?」唇が触れそうな距離で囁かれた。
やばい。

「もうっふざけないで。この前も今日も、適当なことばっかり言って」

正直テンパッた。舞い上がった。そしてなにより満更でもないと、むしろ嬉しいと心がもぞもぞ歓喜していることに気付いて動揺した。
向き合うようにして、息が切れたまま睨みつける。視線がかち合った瞬間、逸らしたのはサッチではなくて私だった。目が合った先にあったサッチの目が思いがけず真剣だったから。

「俺、結構本気なんだけど」
「私結婚してるって言ったよね?」
「あぁ知ってる。知ってるけど惚れたんだよ。しょうがねぇだろ、好きになっちまったんだから」

冗談でこんなこと言わねぇよ。
淡々と、でも熱いサッチの言葉にまっすぐな瞳に、顔が火照った。あぁ本気なんだ。この人は本気で私を好きになってくれたんだ。そう思ったら、嬉しくなった。呆れるほど嬉しかった。

「つっても、さっきのはやりすぎたな。悪かった。ストレッチは真面目にやっから」
「あ、うん。そうしてもらえるとありがたい」

「おう。んじゃこれ終わったら喋ろうぜ」
「え」
「そこの休憩室で茶飲むだけだって。一人で休憩すんのって意外と寂しいのよ。な?」

私が困惑していることが分かってるんだろう、言ってることは強引なのに申し訳なさそうに、少し困ったような顔で笑うもんだから、私は何故かサッチなら大丈夫かななんて気を許してしまう。

「…それくらいなら、いいかな」

ジムの中ならいいかと思った。外で会おうと言われたらさすがに断っただろうけど。
ジムに通ってるだけ。ちょっとおしゃべりしてるだけ。そんな風に自分に言い聞かせてる時点で、もう手遅れだったのかもしれない。


【気付いたときにはもう】



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