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▼  V 

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「なんかいいことでもあったのかい?」

ドキンと鳴った心臓が口から飛び出しそうになった。リビングから投げかけられた言葉にギクリ。普段は無関心なくせに、なんでこういう時だけ。

「…え?別に何もないけど」

言葉に嘘はない。そう、何もないのだ。電話番号もメールアドレスも交換してないし、偶然ジムで再会してから2日。これといった変化はない。ただ、2週間無料体験できるというキャンペーンに登録したってだけだ。本当は運動はそれほど得意ではないし、ジムなんて全く柄じゃないんだけど。あと、白猫の宅配車をみるとついドライバーを確認してしまったり。ただそれだけ。うん、それだけだよ。

「そうかい」
「うん。あ、コーヒーお代わりいる?」

「いや、もういらねぇよい」
「そか」

オープンキッチンってのは、遮るものがないから会話もしやすい。料理を作りながら顔を上げたら、ダイニングに座ってる旦那と目が合って、いい匂いだ、腹が減ったと楽しくおしゃべりをする。私はそんな日常を夢見ていたし、実際そうなるものだと思っていた。ところがどうだ。旦那は新聞から顔さえ上げなくて、私が淹れたコーヒーを味わいもせず流し込むだけ。これが日常だ。毎朝、毎朝繰り返す日常だ。まぁ毎朝ってほど家にいる人じゃないんだけど。

お見合い結婚だった。お見合いだから、なんてことを言うつもりは毛頭ないけど、会社同士の付き合いありきでの縁談は、たとえ最後は自分の意思で同意したとはいえ、やっぱりどこかで違和があったのかもしれない。
旦那が、マルコさんが、口数が少ないことは知っていた。でもぽつりぽつりと話す言葉に嘘はなかったし、誠実な人だと思った。この人とならうまくやっていけるだろうと思ったし、少なからずお互い好意は抱き合っていた筈だ。

「行ってくるよい」
「いってらっしゃい」

朝、送り出す時はいつも家の前まで見送りに出る。いってきますのキスなんて一度もしたことはないし、庭の花が綺麗に咲いたってきっと目にも入っていないんだろう。まして昨日のサラダに入っていたサヤエンドウがまさか私が育てたものだなんて露にも知らない筈だ。

「気をつけてね」
「あァ」

私はいつもマルコさんが見えなくなるまでその場で見送る。マルコさんは一度もこちらを振り返らないけど、こうして行ってらっしゃいと送り出して、夜になればお帰りと迎えられるというのはきっととても幸せことなんだろう。
でもやっぱり足りないのだ。心のどこかが満たされない。
見慣れた背中が角に消えた瞬間、ため息が零れた。

−なぁ満足してんの?今の自分に−

サッチの言葉が心に浮かんだ。



【誰か私に幸せを定義を教えてください】

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