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「はい、はい!マルコ先生!はい!」

人間誰にだって苦手なものってのはあるもんで、私にとってそれは勉強で、もっと広い意味で言えば、ノートとペンを使う類のもの全般が不得意だ。
それでも私は毎度毎度、元気良く手を挙げる。

「マルコ先生、好きです!」
「煩ェ。次、エース、前に出て答え書け」

「おっと、ついに“よい”さえなくなったか」

煩い、邪魔だ、どっか行け。
もう何度言われたか分からないけど、私はめげない。教壇に立って、教科書片手に授業を進めるマルコ先生のかっこよさったらもう言葉ではとても言い表せない程で、そんなマルコ先生から頂いた暴言はもはや私にとってご褒美でしかない。いち煩ェ頂きましたー。一人でプククとにやけていると、隣の席のエースが黒板に向かうべく立ち上がって、苦笑いでドンマイと肩を叩いてくれた。

「やだなぁエース、ドンマイだなんて。今私とマルコ先生は言葉のキャッチボールという、愛し合う者だけに許された行為をね、」
「…アン、エース、お前ら廊下に立ってろい」

「げ、なんで俺まで」
「きゃ、マルコ先生ったら妬きもちですか。大丈夫ですよ、私はマルコ先生一筋ですから!」

安心してください。グッと握りこぶしを作って大きく頷いてみせたら、飛んできたチョークが頬をかすった。

「…チッ」
「まさかの舌打ち!ご馳走様です!」

幸せをかみ締めつつ廊下に向かう私に、クラスメイトは「今日は上出来だな」なんてぎゃははと笑った。基本的にこのクラスは毎日が楽しけりゃいいという気質の面々ばかりだ。皆、制服さえまともに着ていない上に、喧嘩っ早いメンツが大半をしめていて、落ちこぼれの集まりなんて揶揄されていたりする。他の教師はとうに匙を投げていて、卒業さえすればそれでいいと見放されているけど、マルコ先生だけは違う。マルコ先生だけは真剣に向き合ってくれる。叱ってくれる。



「…そんなところを好きになったんです」
「何遍も聞いたよい。そもそもじゃあ授業を妨害すんじゃねェ」

「あ、そっか。ごめんなさい」
「…今まで気付かずにやってたのかい。タチ悪ィよい」

「だって先生と話せるのって授業中くらいでしょ?」
「毎日放課後顔見てる気がするのは気のせいかい?用がないなら帰れ。立ち入り禁止だよい」

「えー質問があればいつでも来ていいって、先生言ったじゃん」
「授業での質問っつったろい。誰か毎日毎日告白しに来いっつった」

放課後、数学準備室なる部屋に通うのが私の日課だ。数学に一体何の準備が必要なのかはよく分からないけど、実際他の数学教師が使っている形跡はないことから察するに、やっぱり数学には準備なんて必要なくて、単にマルコ先生が空き教室を巧いこと謀って私室にしてしまっただけなんだろうと思う。私にとってはありがたい限りだ。

マルコ先生が向かっている机には、なにやら難しそうな本やプリントが整然と積まれていて、私はその隣に置かれたくるくる回る椅子に座っている。職員室にあるやつと同じで、今マルコ先生が座ってるのも同じタイプだから、つまり今私たちはお揃いなわけだ。嬉しい。

「あっという間に三年ですねー」
「お前卒業できる気でいんのかい?」

「え、私そんなにヤバいですか?」
「まぁ他の奴らに比べりゃまだいいほうだけどな。お前はやればできるんだから、もうちょっと真剣に取り組め」

「…うん」
「どうした?」

「卒業したら、会えなくなりますね」
「あぁ、そうだねい」

「せいぜいしますか?やっと煩いやつがいなくなったーとか」
「珍しくしおらしいじゃねぇか。拾い食いでもしたのかい?落ちてるもんは食うなよい。ありゃあ大抵ゴミだ」

「…ふふふ。そうですね。変なもの食べたのかも。あーでも悪魔の実とかなら落ちてても食べたいなぁ。天才になる実とかないかな」
「努力を惜しむな、努力を。青春が泣くよい」

「マルコ先生、青春は人間じゃないから泣いたりしませんよ」
「…お前なぁ、冗談に決まってんだろい。心配そうな目で見るんじゃねぇ。心配なのはお前の頭だよい」

ったく。マルコ先生は呆れたようにため息を吐いて、机に向き直った。赤ペンを持った手でシッシっと追い払うような仕草をするもんだから、私は先生酷いとおどけながら部屋を後にした。
立ち上がって、カバンを持って、ドアを開けるまでマルコ先生はずっとプリントに視線を落としたままだった。冷たいんじゃない。これはマルコ先生の優しさだ。卒業したら会えなくなるかと尋ねた私に、そうだときっぱり告げるのも、その言葉に傷ついて泣き笑いを浮かべた私を見ないようにしてくれたのも、全部全部、マルコ先生の優しさで、私にはそれがとてもありがたくて、悲しかった。

「…ねぇ、先生。私、卒業しちゃいますよ」

季節は目紛しく移ろう。今まさに散りはじめた桜だって、夏を越え冬を越え、あっという間に蕾をつくり、また花弁を開くのだ。まだ一年、されどそれはたった一年。

「教師と生徒じゃなくなったら、ちゃんと見てくれるかな、とか、」

思ってたんだけどな。
校庭の桜吹雪を見ながら呟いた。今までだって何度告白しても玉砕してきたけど、卒業さえすればと微かに寄せていた淡い期待さえ、マルコ先生はご丁寧に粉砕してくれた。

「ったくもうマルコ先生ったら、優しいんだかひどいんだか分かんないなぁ」

でもやっぱり好きなんだよなぁ。
この気持ちを抑える術なんて、私には到底思いつかない。涙を拭って、空を見上げて、笑顔を作ってみた。不細工な笑顔に違いないけど、悪い気はしなかった。

当たって砕けて、当たって砕けて。砕けた欠片を貴方は掬い上げてくれるから、私は何度だって玉砕できる。残酷で暖かなその優しさの先に待っているのはきっと、溺死以外に有りはしないんだろう。

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