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▼ 【聞き間違いかもしれないけれど、】

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「あの、マルコさんこれ」

カタカタ。キーボードを叩きながら聞き耳を立てる。給湯室に近くてよかった。今日はマルコの誕生日。隙を突いてはプレゼントを渡す女たちの攻防は出社と同時に始まり、静かに壮絶に継続中だ。

「…あー、ありがとよい」

最初は断ったりもしていたけど、最後には押し付けられるように渡されるパターンが続いていることもあって、マルコはもう断るくだりは放棄して渋々受け取ることに徹している。同僚からの祝福を無碍にもできないのだろう。それでも来年はもう要らないと念を押すことは忘れないあたり、本当に困っているのだと思う。そんなに気を遣わなくていいというようなことをマルコは言うけれど、それは女たちの本意を理解していないということで、言われた相手もそれを聞いている周囲の人間もみな揃って「いや、社交辞令とかじゃなくて、本気で狙ってる(われてる)系です」と内心思ってたり。

そっと机の下に手を伸ばしてカサリと鳴った音だけでブツの所在を確認する。マルコはとても困っている。でも、私も渡す。何故なら今日がマルコの誕生日だからだ。何が悪いのかといえば結局今日が10月5日で、マルコの誕生日だからに違いない。

「ちょ、おま。またかよー」

席に戻ったマルコの手の中を目ざとく見やり、サッチがぶぅたれる。

「なんで俺にはねぇの?なぁアン、俺にもくれよ」
「なんでって…そりゃサッチの誕生日じゃないし。ていうか俺にもって。私あげてないよ」

「お、そうなのか。じゃ、まぁいっか」
「なにそれ、何故そこで引き下がる」

サッチとマルコは同僚で私は二人より3個下だけど、年数も長くなってきた今となってはそういうことはもうあまり関係なくなっている。だから、今更といえば今更なのだ、私がマルコにプレゼントなんて。

「サッチ、アンにまでたかるんじゃねぇよい。コイツが人に物なんざ差し出すわけねぇだろうが」
「そうそう、私からプレゼントが欲しいなら財宝の一つでも先に寄越しなよ」
「どこの海賊だよ。タチ悪ぃな」

仲良くなりすぎるのもよくないのだと気付いた頃には、とっくに女として見られていなかった。きっと今更私がどう足掻こうが、二人の関係に大きな変化など起きやしないんだろう。でも、それなら、だからこそ私は今日と言う日に賭けている。不毛な想いというやつは肥らせ続けていいことなんてひとつもないのだから。

結局退社時間になっても渡せずにいた私はマルコが帰ってしまわないか気が気じゃない。ちらほらと退社する人が現れ始めた頃、マルコはコーヒー片手に戻ってきた。ほっと胸を撫で下ろして、とっくに終わっている書類を机に広げた。

「マルコー客だぞー。ちきしょーばかやろー」

ラクヨウが心底悔しそうにマルコを呼んだ。フロアのドアから顔を覗かせたのはわが白ひげ社の自慢の秘書軍団のリーダー。

「うっそだろ…」

ありえネェ、俺もう帰ろかなと机に伏せたサッチに美女はふふふといたずらな笑みを投げかけて、マルコはそんなサッチに呆れたように目を遣ってから席を立った。私はぼんやりとその後ろ姿を目で追う。

「じゃあ後でね」

あーしまった。聞き耳を立てていたのは私自身だけど、聞きたくなかったなぁなんて。考えてみれば社内に彼女がいたとしてもなんら不思議じゃない。でもそうか。デートか。

「…いいの?待たせちゃって」
「ん?いや、まだこっちも片付いてねぇからな」
「そっか」

書類に向き直ったマルコを横目に、どうしたもんかと思案する。もはや渡す意味がないのかもしれない。でもこのままおずおずと持ち帰るのも釈然としないし。うーん。
よし、さくっと渡すだけ渡して帰るか。

「マルコ。はい、これ」

机に袋をぽんと置くと、マルコは目をきょとんとさせた。

「たんじょーびおめでと。あ、特に他意はないからね」

背後で呼び止める声が聞こえたけど、振り返らずに「お疲れー」と手を振った。
エレベーターに乗り込むと、大きなため息が出た。まさかマルコに彼女がいるとは思ってもみなかった。いやそりゃあ考えたことはあるけど、少なくとも今まで女っ気なんてものは感じなかった。あぁでも社内恋愛は結婚が決まるまで隠す人も多いっていうから、そういうあれなのかもしれない。
階数表示を見つめながら考える。…これはもう飲むしかないんじゃないか。今日はもう、飲むしかない。

「ぷはー、生もう一杯!」

ったくやってらんないね、まったく。プレゼントだって何がいいか迷いに迷って選んだのに。考えすぎてよく分からなくなって懸垂マシーンなんてよくわからないものが候補に挙がるほど、たくさんの案を出したんだ。その割には結局マルコが好きな焼酎なんて一見無難なものに落ち着いたんだけど、それもマルコが絶対に喜んでくれると自信をもって言える一品だったのだ。

「彼女がいるならいるって言っとけっつうの!」

激しく独り言を言いながらやさぐれていると聞きなれた声が聞こえた。

「おーじゃあ乾杯しようぜ、乾杯」
「おまえら祝う気なんざさらさらねぇだろうが」
「ばっかおまえ祝い酒は格別なんだっつうの」

ラクヨウ?サッチと、まさかとは思うけどあれは確実にマルコの声だ。
ちょうど壁に隠れて私に気づいていないらしい。ぐびりと生を呑み込んで、聞き耳を立てる。

「いやーしかしめでたいわー」
「この歳になって誕生日なんざめでたくもなんともねぇよい」

「いや、めでたいね。秘書のあの子に呼ばれて何事かと思ったらただの打ち合わせだっつーんだからこれ以上めでたいことなんかねぇっつうの」
「あーそれな、ほんとだぜまったく。俺らを差し置いてあの尻をひとり占めしようとか有り得ねぇよな」

「…真顔で言う台詞かよい」

ラクヨウの尻好きのブレなさに少し引いた。この人はずっと変わずお尻大好きだ。
ていうかそうか、ただの打ち合わせだったのか。なんだ。傷ついて損した。まぁだからと言って私にチャンスがあるのかといえばそういうわけでもないんだけど。今日のプレゼント合戦がいい例だ。マルコは仕事もできて人徳もある。おまけにサッチやラクヨウのように女とどうこうという浮ついたゴシップもない。社内、いや得意先の異性からもいつか私が、といった熱い視線を集めているのだ。

「しっかしすげぇ数だな。ちょっと見てもいいか」

ラクヨウの言葉にマルコは特に何も言わずにグラスを傾けた。好きにしろということなのだろう。
がさがさ。サッチとラクヨウがプレゼントを手にとってはこれはネクタイだ、あれはチョコだ、と中身当てを始めた。

「これ酒じゃね?」
「おーまじか。開けようぜ。祝い酒だ、祝い酒」

あ。
つい小さく声が出た。
あれ私のだ。そう思った瞬間、マルコは無言でサッチの手から取り上げた。
サッチがおよ?と首を傾げて、すぐににやにやと顔を緩めた。

「…なになに?どゆこと?」
「まだ見てねぇのあんだろい」

「いやいや、それ。俺それ見たいの。貸して?」
「…」

「…」
「…」

「見るだけだって。あ、ほら手紙とか添えられてても俺その辺はちゃんと弁えてるし?」

手紙という言葉にマルコがぴくりと反応した。眠たげな瞳がプレゼントを一周する。とても速かった。

…てかごめん。手紙とか思いつきもしなかった。
物陰でひとり反省。何故思いつかなかった私。

そんなマルコの挙動をサッチは頬杖をつきながらにやにやと眺めていた。マルコはマルコでそんなサッチの様子になんてすぐ気がつくもんだから、はぁと難儀そうにひとつため息をついてプレゼントをサッチに渡した。

「なんだなんだ?マルコこれ誰からだ?」

イマイチ状況が掴めていないラクヨウが直球で疑問を口にする。

ラクヨウの好奇心が支配する沈黙の中で、私はじりじりと手に汗をかいた。
い、言わないでよ絶対。明日からお嫁に、じゃなくて会社に行けない!

「秘密だよい」

ほっ。よかった。

「なにがよいだ。可愛くねぇっつーの」
「っつーの!」

そっと胸をなでおろして、ジョッキを傾けた。

「つうかまさか。まさか、じゃねぇよな?」

サッチの言葉に今度はマルコがにやりと口角を上げた。

「…お返しは何にしようかねい。あぁそういやぁ財宝どうこう言ってたし、ダイヤの指輪でもくれてやろうかねぃ」

「ブッ!!!」
「ブッ!!!げほっ」

噎せた。
げほげほと咳をしながら前を見ると、何故かサッチが同じくむせていて、止まった時間の中でぱちり目があったマルコはお宝を前にした海賊のようなずるくて魅力的な顔で「それでいいかい」と私に問いかけた。

こくん。
私が思わず頷いたのと同時に、ラクヨウが「…え?」と首を傾げた。


【聞き間違いかもしれないけれど、】
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