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「やっぱりウソだったじゃない」
「ちゃんと荷物もあっただろ?」
「…あったけど。うまく丸め込まれた気分」
あのあとサッチはすぐにやって来た。小脇には小包を抱えていた。ただ、その差出人は何故かサッチで、受取人が私だったということはつまりその荷物はサッチから私への贈り物だったわけだ。
「ウソじゃないけど、ウソみたいなもんだよ。嘘っていうか、詐欺?」
「それ余計酷くなってねぇか?」
うんまぁいいんだけどさ。
流れるオレンジの街並みを目で追いながら、言葉を返した。
私は今、助手席に座っている。
「どこ、行くの?」
「どこ行きたい?」
「もしかしてノープラン?」
「んーまぁそうだな、アンさんの行きたいとこならどこでもいいよ」
アンさんとならどこでもハッピー。
妙に浮かれた抑揚をつけて、サッチは歌うように言った。
笑うと細くなる目許が、ほんの少しマルコさんと重なった。
私といたらハッピー、なんて。
あの人が言うことはきっと一生ないだろうけど。
サッチはひどく浮かれているようだった。
運転中なのに何度もこちらを振り返るもんだから、私は気が気じゃなくて、何度か怒った。その度にサッチは楽しそうに笑って、結局私も笑ってしまった。
ふわふわしてるな、と思う。自分のことだ。
夕飯の支度も途中なのに、一言断ればそれで済んだだろうに、私はこうして誘われるまま車に乗って、よもやこの空間が楽しいとすら感じている。
「ドライブデートしたかったんだよなぁ」
「仕事でも運転してるのに、そんなに運転好きなの?」
「だーもう分かってねぇなぁ、アンさんは。いいか、ただの運転とドライブは全く別物なわけよ、そうだな、例えばクジラっているだろ?」
「え、くじら?何の話?」
「ちょ、待って。今からサッチ君が素晴らしい例え話をだな、」
「あはは。たぶんそれ、聞いても分かんないよ」
サッチはなんでこんなに楽しそうなんだろう。
私といることが嬉しいと感じてくれていることが痛いほどに伝わってくる。サッチから発せられる暖かくてほわほわとした空気は車内全体に広がっていた。
小包はそのまま膝の上に置いていた。先ほどはつい流されて受け取ってしまったけど、どう考えても受け取るべきではないから、タイミングを見て返すつもりだった。でも折角くれたのに、もし返したらサッチは悲しむだろうか。傷つけてしまうだろうか。それは嫌だと思った。
「これ開けていい?」
「おう」
貰っていいんだろうかと先ほどから心をよぎっている困惑には、気付かない振りをした。横を向けばサッチが開けてくれとばかりににこにこと笑っているし、一度受け取ってしまっている手前、潔く貰ってしまうほうがいいような気がした。
「…」
「え、まさかのノーリアクション!?」
小包には、一枚のチケットが入っていた。
それは、私がずっと見たかった映画のチケットだった。小さな映画館でひっそりと上演して、静かに終わった筈の無名の名作だ。
「今だけリバイバル上演してるんだってさ。見たいっつってたろ?」
「…」
「…あれ、もしかしてこれじゃなかったとか?」
「ううん。合ってる。サッチ…ありがとう」
どういたしまして。
照れたような口調に隣を見ても目は合わなくて、それが妙に可笑しくて、嬉しかった。
「サッチ、照れてるの?」
「まさか。んなわけねぇだろ。サッチ君はモテモテなんですから」
「へぇー」
ルームミラー越しに目が合った。
その目を見ても、もうマルコさんと重なることはなかった。
【人は皆、今この時だけを生きているわけではないのだけど、でも】
嬉しかったんだ、君のその暖かさが。