▼ The die is cast
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「いい絵だねい」
想像以上だとマルコさんは感心したようにじっくりと1枚1枚時間をかけて鑑賞した。想像の中で一体どんな出来だったのか少し心配になったが、なぜか満足そうに絵を見つめるマルコさんを見ていたら、私もなんだか嬉しくなった。
「…この絵」
「あぁそれは私が最初にこのサイズのキャンバスで描いたやつなんです」
わたしの原点だ。
高校の時にこの絵が結構有名なコンクールに入賞したことをきっかけに芸術の道に進むことを決めた。エースはこの絵で私の存在を知って好きになったと言っていた。
エースの待受は前の前の前の前の携帯からずっとこの絵だった。今は違うかもしれないけど。
帰り際、狭い玄関で二人がちょっとまごついた時、マルコさんがごく自然にわたしの腰に手を回した。
私はその手とマルコさんを交互にみた。
きっとすごく不思議そうな顔をしている。
「くっはははっ!」
今までで最大のツボに入ったらしい。あんまり、いや全く理解できない。
マルコさんは目に涙を浮かべて笑いながら、ごく自然に私を抱きしめた。
「…俺が今まで出会った女は、顔を真っ赤にするか喜ぶか怒るかだったんだが、アンはそのどれでもねェな」
アンは特別すぎる。
エースがあんなになるのもよく分かるよい。
今、意味深なことを言われた気がする。
「大学にもサークルに顔出さねぇで部屋に閉じこもっちまってるらしい」
頭より先に身体が動いていた。
昔々、とある王様は云いました。
−スプーンの中の油を零さないで世界を楽しめたら、それを世界一の幸せ者と呼ぶんだよ−
私とエースはきっとそれを零してしまった。
The die is cast.
さいは投げられた。
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